小さな手に。

がむしゃらに掴んで投げた。

一握りの砂。

誇りまみれに転がされ、腹を蹴られた子供の頃。


その一握りの砂が、オレを変える。





ずるくなって。

自分を強く見せろ。

誰にも弱みを見せず。

勝ち上がれ。












上条 絃(カミジョウゲン)。28歳


オレは最愛の人間を失う。









なぜ。
オレが泣かなければいけないのだろう?
なぜ。
ランはオレから離れていくんだろう?
オレを愛してるランが。
オレに会えないと酒ばっか飲むランが。
オレに抱かれると、泣きながらオレを好きだと言ってたランが。

どうして。


・・・離れられるワケが無い。
離れていられるワケが無いんだよ。ラン。

オレ達が、こんな事で別れられるワケが無いんだ。












ランについて。








ランの家は、外見は古いカントリー調の作りで、始め見た
時の感動ったらなかった。
まるで冒険の目的地に辿りついたみたいな、この家の中に
は、きっと宝箱とかがあるって、勝手に思い込んで。
だけど、その庭で遊んでるランとランのお母さんの前に、
オレはどうしても出て行く事ができなくて、何度、壁を
行ったり来たりしてただろう。
まるで、絵に描いたような幸せそうな親子。
絵本の中の世界。
オレが欲しかった世界が漠然とそこにあった。




ある日。


家にやたらと人が来て、今じゃ影も薄い従兄弟共にオレは
こづかれて、逃げてまわってた。
大人はオレ達が仲良くしてるって思ってた。
だけど、オレは真剣にアイツらが嫌いだった。
何かあればすぐ、母親にくっつくアイツらが。
どうしてそうなったのかはもう忘れた。
とにかく、髪を掴まれて、泣きながらソイツを突き飛ばし
て、オレは塀と木の間を伝い昇ったんだ。
そこに。
「なにしてんの?」
透き通るような細い声だった。

ラン。
ラン、オレがオマエをどう思ってたかなんて、知らないよな?





黒目勝ちのキリッとした目。
そこに、オレが自分を見つけて、そんな毎日がどんなに
嬉しかったか。

ラン、白状するよ。

オレが先にオマエを好きになってたってコト。

ずっと。
恋してた。

敵わない想いだと。

吹っ切るコトも不可能で、一生引き摺っていく恋だと。




そう覚悟した頃は、今は遠い・・・。





「ラン。鞄、持って」
オレンジと茶色のグラデーション。
窓の外を見てた派手な頭がこっちを振り向く。
「なんで、オレが?」
そう言いながら、片手を差し出してくる相棒。
「疲れた。オレが電車好きじゃねーの知ってんだろ」
車両の入り口近く。ドアに寄り掛かるラン。
その向かい。
オレは両手でつり革に掴まる。
「ゲン。なんか近い」
グラグラ揺れる電車の中でつり革がしなる。
少し顔を背けてランが言う。
ドキっとする。

無意識に近づきすぎてた?

でも、その態度が、イヤみたいでイヤじゃないって感じで、
余計に絡みたくなる。
肘を曲げて、顔を寄せると、ランが眉間を渋くさせる。
それでも、負ける気は無いらしく、真正面から見返される。

その目の中にオレが映ってる。

オレしか見てない目。
オレだけを真っ直ぐ受け入れてる目。

「ヤリてぇ」
電車が止まる揺れで、掻き消される呟き。
「え?」

ランに触りたい。
ランにキスしたい。
ランを喰っちまいたい。


「なんでも?」
知らん顔してオレは開いたドアへ歩く。
後をついてランも電車を降りた。
「なぁ、今日ヤレるオンナいねーかな?」
「んなオンナ。オレ、ヤダ」
ランは結構硬い。
恋愛について話したコトなんか無い。
惚れっぽいわけじゃないし、理想が高いわけでもない。
声を掛けられれば、ノルくせに、自分からそうする事が
少ない。
駅前の公園。
セーラーの二人組。
適度に遊んでいそうなミニ(スカート)。
「ラン、声掛けろ」
「あんなオンナゼッテーやだ。チンポ腐る」
ランは本気でイヤな顔でオレを見る。
その目が、オレを非難する。
オンナの趣味ワルすぎるって。
「なら、ラン選べ。オレはなんでもいーし?味拘んないし?」
笑う。

本当は、オマエと同じオンナ抱きたいだけ。
オマエがいいって言うオンナ抱きたいだけ。
どんな風にいいって感じるのか知りたいだけ。

「味位い拘ろうよ?っていうかゲンって本当好きだよな」
手じゃダメなわけ?ってランが笑う。

手?

「じゃ、ランの手で」
いつもの軽口叩く口調。

こんな風なら、許してくれるだろ?
やってくれなんて引かせる事マジで言わねえからサ。

でも、ランはマジな顔で固まる。
数秒、視線が絡む。
耳を疑うって顔。
微妙な緊張感。
で、言っちまう。
「何?マジでシてくれる?」
ランの手軽く握って。
その手軽くハタカレテ。
「セーラーでいいんだな?」
ランが歩き出す。

それを笑って、見送る。
ランが愛想浮かべて、声掛ける。
セーラーの二人組は落ち着かない足で、クネクネしてる。

ランが笑って、そいつらも笑う。

それでイライラする。
どっちでも良かった。
この欲求不満さえ晴らせれば。
どうでもいい。

今日のこのキモチを解消する事が、オレの目的。



ランが目の前へ二人を連れて来る。
上目遣い。くすくすと笑いあうオンナ。
それで。
「どっち?」
オンナ達の顔が一瞬強張る。
ランは笑っても一度言った。
「どっちとヤリてぇの?」

勝ち誇ったランの顔。
セーラーが呆れた顔でオレらを見てる。

ラン・・・!!コイツ、今日はゼッテェ乗る気ねえな。

オレは噴出して、ランと肩組んでオンナを追い払う。
「わりぃ。なんでもない。もう行っていいよ」

まだ手も出してないのに、屈辱って顔。
さっさと公園の定位置へ戻ってく。

「なんだよ?欲求不満はいいのかよ?」
ランの白々しい口調。
「よく言うよ。うまくヤル気、始めからねぇくせに」
肩を組んでる手で、ランの耳くすぐってやる。
ランはビクッと肩揺らして、オレを睨みつけた。
「今日はランで我慢してやるよ」
耳を掠める唇。
直後。
真っ赤になって腕振り払うラン。
「このチンポヤロー!シネ!」
言って、先を歩き出すラン。
「ラン」

「らーん」

「らんちゃーーーん」

角を曲がりその姿が見えなくなる。
追うか?
いや、そんなの趣味じゃねえよ。
今日はそこまでって事だろ。

そう思って、駅に戻ろうかと思った時。
「なんで、戻るかな。追っかけて来いよ。つーかフツウ
謝りに来るとこだろ?ここは」
曲がり角からコッチ見てるランがいた。
「怒ってねーじゃん」
「怒ってねーけど」
だから、オレはランに手伸ばす。
すると、当たり前に。
ランはオレの横に来て、肩寄せる。


その頃のオレに。
こんな、ランを、抱ける日がくるなんて思いもしなかったけど。










普通のシティホテルの11階。
「ラン」
呼ぶたびに、カラダ、ビクつかせて喘いでるラン。
「ラン、オレ、好き?」
「ス、キ・・」
掠れた、涙声。
カラダが重なって、ランの中にオレが這入り込んで、
口で息しても苦しいくらい熱かった。
ランがオレを好きだなんて信じられなかった。
だから、だから何度も何度も答え聞いて、繰り返す。
本当に?
クスリのせいじゃなくて?
本気で?
「ゲンっ」
突き上げが烈しすぎた。
ランが咽るように咳する。
「ラ、ッッンッッ」
咳される度に、オレのチンポが搾り出されそうになった。
「ランッッ」
情けない事にオレの二発目は、ランの腹筋でイカされた。
ドクドクと音がする程、ランの中で出して、息整える。
「ラン」
涙目でオレを見上げてくる顔。
舌を寄せて口付ける。
その舌が離れるのを嫌う動きで、オレを誘う。
「ゲンっ溶けそうっ中が、ゲンですげー・・」
「もっと、・・やるよ」
アッてランが高い声で啼いた。
「すげーコトになってる、ラン?わかるか?」
「わ、かるッ・・・」
ランの中から滴り落ちる。
いく筋にも分かれて、ランのケツを下りる。
ランの下半身は精子まみれで。
「スゲー、クる。オマエってこんなイヤラシかったっけ?」
「だ、誰、の、せいっ・・だよっ」
ゆっくり突き上げる。
ねっとりとした水音。
それがランにショックを与える。
「オレ、・・・オレ、変じゃ、ない?」
オンナみたいじゃない?って泣く。
「オンナみてぇだよ。穴ん中、熱くって、ぐっちゃぐっちゃで」
「ゲンッ」
ランの手がオレの腕、すごい力で握ってくる。
「もっと?もっと欲しいんだ?」
「チガウッアッアッアッ」
オレもランの肩、力入れて掴んで、ガクガク揺さぶってやる。
ランは顔、横に振って、オレの腕掴んだままイく。
そのカッコが。
自分の腹の上に数回噴出すその姿が堪らなかった。
とにかく奥を。
膝に力入らなくなるまで突き上げた。





こういうコトって恥ずかしいのかもな。

オレはランの上でイッて失神してた。
もちろん。ランも失神してたけど。
数分の喪失。

先に気がついたのが自分でマジ良かったって思った。



本気の相手には、手加減出来ないって知る。



ナナと別れたのはそのすぐ後。

オレとのセックスで悩んでたランをこれ以上苦しめたく
なんかなかった。
ま、ナナとは、ランと寝てから一回も会ってなかったけど。

別に惜しい事なんかなかったし。ランが綺麗だって言った
から。だから、オレのにしただけ。
でなきゃ、ランがナナとセックスするだろうから。
ランが本気で誰かと恋愛するトコなんか見たくなかったから。


オレは、オレのモノで汚れたランがダイスキだった。
荒い息吐いて、カラダ中汚して。
オレのモンだってキモチが沸いてくる。
誰にも触らせやしないって。



それは。
今も変わらず。






だけど。
オレの宿命ってのは確実に進行してた。
高校を卒業して、オレは大学へ。ランはフリーター。


フリーター。
下っ端アルバイター。
しかも。
「なんで、ここ?」
深夜5時まで営業する、鬼クラヴだ。
今まで、自分が遊びに来てた場所だと思うと、ぞっとした。
深夜3時を過ぎるあたり、この街のチンピラが必ず泳ぐ。
人波潜って、カウンター。
それは、ラスタの常連しか許されない席に。
その客へ、ランは愛想良く、酒を出す。
白のシャツ、胸のボタン2つ外したカッコで。
そんな事が気になるなんて、オレもイカレテる。
「あっれー、ゲン。夜更かし?」
偶に、行くラスタで、ランが笑ってオレにタバコを出す。
「オマエ、スカウトされんなよ。マジで」
「じゃにーずにゃ、ちょと遅いみてーよ?オレも」
成人シテマスから。って笑うラン。

誰がこんな夜中に好きで、こんなアブネー店に遊びに来るか。

自分が遊びに来てた頃は気づかなかった事がたくさんある。
ナイフ忍ばせてるガキ。
勃起させた酔っ払いにタカルオンナ共。
トイレの影で見せ合うイレズミ。
声を殺して喘ぐフロアの隅。
真夜中のラスタは収拾がつかない状況で。
そんな色に染まって見えるようで、ランは上手くやってた。
もしかすると、それはセージの目かけだったからかも知れない。
マネージャーのシオさんは、少し足を引き摺ってる。
昔取ったナントカ。
数年前のコウソウって聞いた。
それ以来リタイアして、セージのメシ係りになってるって何処
かで聞いた。
その足にある傷が、ジュウソウだって事も。

そんな店に、コイツはアルバイトなんかしやがって・・・!!
オレは毎日、気が気じゃなかった。
メールが来ない日はイライラしっぱなしで。
しかも真ッ昼間は、コイツ寝てやがるし。
そんな感じで、メールが二度来なかった朝。

ショボい1ルームのドア、ガンガン蹴ってやった。
「ランッ」

てめー、人にガッコさぼらせて、これでオマエ寝てただけとか
言いやがったら、近所歩けねえくらいヒーヒー言わせてやる!!

そのドアがかなりゆっくり開かれて、オレはホッとするハズ
なのに、めちゃくちゃ、アタマキテて。
「げ・・ん?ガッコはぁ?」
そのランの腹、足蹴。
部屋の中尻餅つくラン。
きょとんとした顔。
ボサボサの髪。
「なに、すんだぉ」
蹴られてもまだ眠いらしく、欠伸しながら目を擦る。
「てめーな、オレが何回携帯鳴らしたと思ってんだよっ」
「・・・携帯・・・。携帯・・・。あっオレ、携帯・・!?」
ランが青褪めて、オレを見上げる。
「・・・・なんだよ」
「え・・とぉ。携帯。」
「・・・失くしたのか?オマエ・・!」
「イヤ、失くして無いったぶん、セージんとこ・・あ」
マズイって顔するラン。
そりゃ、そうだ。
オレはセージと仲悪いわけじゃない。だが、ランがセージと
プライベートで仲良くする事なんか望んじゃいない。
あのヤクザ男なんかと。
名ばかりのJリーガー。怪我ばっかして試合に出れやしねえ
スーパーサブ。

その男の家に?


「ふ〜〜ん。大分、オサカンらしいな。なら、今オレの相手
だって軽いよな?」
言って、まだ座ったまんまのランに馬乗りになる。
「ちょっゲ、ン。ここじゃ、ちょっと」
外にマル聞こえに・・って口を塞ぐ。
「溜まってんだよ・・っ暴発寸前なんて、オマエがよく知って
んだろ」
何日シてねえって思ってんだよ。
パジャマ代わりのタンクトップ捲り上げて、乳首抓る。
「イッ」
その手引き剥がそうと、強く握られる。
倍返し。
「いっ〜〜〜〜〜〜!!!」
腹筋震えさせて、ランがカラダ起こす。
「ゲン・・、やめ、て」
ジンワリ、涙浮かべるラン。
放したソコが真っ赤。
深い呼吸。
「オレのだけ、飲めよ」
「んな、いっぱい、朝から飲めない・・っ」
「嘘つけ」
下半身を剥いて、オレのチンポを押し当てる。
これはバツ。
キスもしないで、オレは挿入した。
泣きながら、ランが手で口押さえてる。
「声、出せよ」
アタマ振るラン。
狭い肉の中を、ゆったりピストンする。
ランが感じるポイントを押し上げるように。
ヒクつきながらランの腰が揺れる。
クグモッタ声が序々に高い音になってく。
「好きだ。ラン。頼む。声聞かして」
「や、だ」
「声出さなきゃ、ドア開けてヤろっか」
笑うオレに、ランが悔しそうに、口から手放した。
「ここ、せっかく、安い、家賃だっ、たのにっ」
アッって声が上がる。
「ラン、アイシテル」
もう止まらない嬌声を聞きながら、オレは数日のイライラ
をランの中へぶっ放した。



もちろん。
ゲンは、昼夜逆転生活のホモって近所にバレバレ。(笑)
さすがに、住みづらくなって引越しを考えてた。
それが。
「あ、セージ、ミチルさんに不動産屋探してもらえば?」
ケータの余計な一言。
ラスタで、働くランを横目にオレ達は3人で飲んでた。
「冗談言うな。これ以上、ヤー公の世話になんかなるか」
「オマエ、何回でも言っとくが、オレの兄貴はそうだが、
オレは違うからな。オレは一般市民。ちなみにここはオレ
の店だ」
「なら、尚更。アイツ、やめさせろよ」
「心配か」
セージが太い腕時計外しながら言う。
アニキからのプレゼントというソレ。
それと似たのをケータもしてる。
こっちはケータが自分で買ったモノ。さすが去年のMVP。
「ま、心配してるお前にゃわりぃけど、あんなヘタレを
スカウトする程、アッチ関係も飢えてねーと思うぜ?
ウチでスカウトされるってのはガセだしな」
「ガセかよ」
「ガセだな。スカウトじゃなく、アッチのヤツラが働いてる
って方が正解」
ニッて笑ってセージがシオさんを見る。
シオさんは、笑って、開けたシャツの胸から覗く、右胸に
這う濃紺のタトゥーを今気がついたって感じに隠した。

気軽に、スミマセンと、店員を呼びつけられなくなったの
は言うまでも無い。

「だから、オレの店で、問題は起こらない。逆にな」
引き攣るオレに噴出す、セージ。

ヤクザ・・、働かせてるだと・・!?
てめー、どんなパンピーだよ!?

慌ててケータが笑ってフォローする。
「セージとオレはほぼ毎日来て見てるし。この店で遊ぶ奴ら
って(怖くて)ルール守る奴らだから大丈夫だよ」





結局。
オレはただ早くこの仕事ヤメテくれる事を祈るのみだった。


それからすぐだった。
親父が電話してきたのは。
大学4年も10月に入った頃だった。


何度か夜の店で、顔を合わせてた女性だった。
たぶんオレより年上だったはずだ。
「上手くやれ」
親父の顔に下卑た笑いが浮かぶ。
就職も内定。
それも親父の会社の一部だ。
ついに来たかと、オレは苦笑する。
「わりぃーな親父。オレはホモなんだ。分かりますか?
同性愛って?」
今なら、目の前のオトコよりさらにイヤらしく笑う事が
出来る。

だが。
親父は、眉一つ動かさず、だから何だ?と言った。

オレは。
この時を半ば、楽しみに待っていた。
親父をやっとギャフンと言わせられると。
その驚愕し、落胆する姿を笑ってやろうと。

だが。
この男は、再び言った。
「上手く、ヤレ。」








それなら、と。

オレの反抗はそれから6年続く。

悉く。
全ての見合いをすっぽかし。
見合いの席で押し問答の末、ホモだとバラしたりもした。
それでも。
いや。
そのせいか。
親父はアレで必死こいてたのかも知れない。
毎月のようにオレを呼び出しては、女と会わせた。






そんな毎日で。

ランが言った。
「ゲン。結婚しよ」
後ろからオレを抱き締めて、酔った顔。
たまの自由な夜に、ランの新しい部屋で飲んでた。
アルバイトのクセに昇給して、少し広い1LDKマンション
に引っ越したラン。
「酔ってない時なら聞いてやるよ」
リビングのソファの下に座って。
ランの頭撫でてやる。
「酔ってなきゃ、んな事言えるわけねーだろ、ばか!」
「ハイハイ。結婚しような。カリフォルニア行けばいいか?」
グラスに酒足して笑うと、ランがそれ奪ってイッキに飲み干す。
「チガウ。オソレザン。」
「は?オソレザン?」
オソレザン・・・恐山?青森の?
途端に沈黙。
「意味わかんねーよ。心霊スポットだろ」
「チガウ」
ギュッと首に巻かれた腕に力が入る。
「チガウ。この世の果て」






「ランッ!!!」
ランのカラダをソファに押し倒して、目覗き込む。
その目が真っ赤で潤んで、もうイヤだって泣いてる。
「結婚したって一緒いるって言ってたのは誰だよ?」
「いる。一緒いる。死んでも一緒居たいッでも、もうヤダっ」
「この酔っ払いっ何言ってんだよ?」
「なんで、なんで、こんなつれえのかわかんねえんだもっゲン
取られるって思うと、オレ、オレ、生きてらんないかも・・っ」
「ラン」
「一緒、死のうか」
泣きながらランが言った。
「死んだら、もう考えなくていいんだ。したら、楽だ」
「バカ・・言うな。死ぬ?何のためにオレら頑張ってんだよ?」
わかんねえって、ランが泣く。

死ぬ?バカな。
オレは今まで死ぬために頑張ってきたんじゃない。
誰にも負けないためだ。
誰より勝つために。
親父を見返すために。

「死にたい。ゲンが結婚するなんてヤダ」
「オレだって」
骨が軋む。
抱き締めて、抱き締められて、その指がカラダに食い込む。
「ゲン、結婚しちゃヤダ」
「しない。しないから。絶対しない」
宥めるようにキスして、オレ達はハダカになった。


そうして考える。

いつもは笑ってたランのキモチ。
こんなに。
思いつめさせてたって。
ランを泣かせないで、結婚しない方法。
それは、なんだろう。
どうすれば、こんな毎日から解放されるだろう?




だけど。
次の日。
ランは昨日は飲みすぎたって笑う。
なんかした?オレって、誤魔化す。
何もなかった。
そういうコトにして。

オレもずるく。
なんもって答えて。
ただ、抱き締める。





それで。
オレ達は一緒にいるって誓った。
例え、オレが結婚しなければいけなくても。
近い将来がソコにある。
その日を恐れながら。





それから。
オレにとってもランにとってもサイアクな夜が来る。
たまの連休の前の夜だった。
また親父に連れられた席で、いつも飲んでる酒がやたらと
胃に染みる。
酔いのまわりが早い。
足元もフラつく。
こんなに飲んだコトが最近あっただろうか?
「上条さん」
オンナの声。
目を開けて、自分が寝ている事に気づく。
「上条さん」
「誰だ・・?」
「ずっと。好きだったの。ずっと待ってたの」
オンナがキスしてくる。
その顔に見覚えが無い。
「ダレだ?」
「忘れるなんて、本当ヒドイわ。ずっと好きだったのは
私だけだったのね」
オンナが服を脱いでオレのシャツのボタンを外した。
「ヤメロ。なんの、つもりだ?」
「お父様から聞いていない?この連休は、ゆっくりここで
過ごすようにって。素敵なスィートよ。上条さん」
カラダが鉛のように動かなかった。
ただ成すがまま。
意識が朦朧とする中で、そこが熱く燃えてた。
霞む視界の真ん中で、オンナが揺れてる。
「ら・・んっ」
壊れた音の出るオモチャみたいな嬌声。
鼻につく甘ったるい香水。

カラダがカッと燃えて、気がつけばオンナをバックから犯してた。
そして、射精した後の絶望感。
その瞬間に笑い出すオンナ。
その声が部屋中に響いて、アタマが割れるように痛んだ。
倒れるオレに聞こえた声。
「上手くやったわ。これで、ゲンは私のモノでいいんでしょう?
叔父様。・・・ええ。これから行くわ。」
アタマを抱えて苦しむオレに彼女は言った。
「楽しみにしてて?。二週間でアナタのベビー誕生よ」

おじ?叔父・・・叔父様?
親父?親父の事か・・!?

激痛に呻きながら、答えが出る。
オレはあの一族に、まんまとヤラレタって事に。
小さな頃に会ったきりの従姉妹だと、やっとで思い出す。
こんな副作用を起こす質の悪いクスリでヤラれて。

次の日にランと出かける約束も、携帯を切って、すっぽかす。

ラン。
オマエに今慰めて欲しい。
だけど。
オマエに会うのが怖くて仕方が無い。
ラン。
会いたい。
会えない。
オレはやっちまった。
とうとう。
親父の、思惑通りに。
ごめんな、ラン。
絶対、オマエがイヤな思いしないようにするからな。
絶対、オレは負けない。
絶対、オマエと生きてくから。

そんな風に、オレの一月が過ぎていって、オレはケジメつかない
まま、ランに顔も会わせられなかった。
そこへ、親父が仕事を放ってとにかく出て来いと連絡を寄越した。
「通夜に行く」
真っ黒のベンツに並んで乗ると、親父は、声を掠らせて言った。
「ダレの?このままじゃ行けないぜ。喪服は?」
「お前の母親だ」
意味がわからなかった。
「昨日、死んだ」
頭の中がパニックで。
ただ、親父の横顔を見つめる。
その目に涙が浮かんで、親父は指で目頭を押さえた。

本当に生きてた?オレを置いて逃げた?母親が?死んだ?



「事故だったそうだ」

一度も会わないうちに、オレの母親は、勝手に死んだ。













車で2時間も走った処だった。
それなりに駅前も栄えてる。
こんな思ったよりも近くに。
会いに行こうと思えば行ける距離に、オレの母親は生きてた。
そこに着いた時。
オレは再び衝撃を受ける。
小さな洋風の一戸建て。
小さな庭にはレンガの花壇。
まるで。
まるで、ランの実家のように。
出窓に掛かるレースのカーテン。
カントリー調の家具。
その洋間の奥で。
「彼女」は眠っていた。
まだ、棺にも入っていない。ただ寝ている姿で。
その横へ親父が縋って泣き出した。
オレはただただ立ち尽くして、その顔を見てた。

ダレだ?
知らない。
これが?
母親?
オレを捨てた。
オレを捨てて、あの家から逃げた女。

涙が出た。
「げん!!」
親父がオレの足を掴んだ。
オレは彼女を踏みつけ、蹴りつけていた。
「やめなさいっげんっ」
足を掴まれても止まらなかった。
その肩を引っ張られて、後ろから殴りつけられた。
ケツをついて、見上げると、涙を流すオレの姿。
いや、違う。
オレなんかじゃない。
「セイショウ」
親父が涙声で呼んだ。
「母さんに謝れ!!謝れよ!!」
「セイショウ」
親父が慌てて立ち上がると、セイショウの肩を抱いた。
親父は全部知ってたんだ。

オレは何も知らずに。
オレだけが何も知らずに。

目の前で。
むせび泣くオヤコ。

オレだけ。
入れない。
オヤコゴッコ。


浮かんだ涙も、乾いて。



初めて会ったオトウトは、オレを殺してやるって叫んでた。









そのクソ生意気な弟に。


ランを取られるなんて思いもしなかった。

確実にオレの従姉妹は妊娠し。
オレは入籍を余儀なくされる。
それに記入する時に、再び、彼女と会った。
スラスラと書くその手元を見ながら、思わず口から零れた。
「本当に、オレの子?」
一瞬。
手が不必要に烈しく止まる。
チラとオレを見て笑う。
「DNA鑑定でもする?でも必要ないと思う。あれだけ出さ
れたら一回で妊娠するに決まってるわ」
さ、どうぞ。と彼女が判を押す。

DNA?
それは親父の子かどうかもわかるもんなのか?

何もかもがくだらなく思えてくる。
「何でも、「叔父様」に言えばいい。オレはこっちで自由に
やる。アンタは実家でゆっくりしてろ」
「あら、知らないのね?新居ならもう叔父様が用意して下さ
ったのよ。真っ白の洋館よ。もちろん、ここから少し離れて
いるけれど」
「勝手にしろよ。ただし、二度とオレの前に顔見せるな」
「冷たい人ね・・・。これでも本当に好きなのよ?」
口元だけの笑み。
「クスリ代も惜しむようなオンナにヤラれて嬉しいよ」
「・・・いいわ。次は結婚式で。その次はお葬式かしら?」
笑って彼女が席を立つ。
オレは目の前の紙切れを睨んで、深く溜息つく。


もう、どうでもいいんだ。
仕事も、オンナも、・・ランも。
どうでもいい。

オレは実家を出る準備をした。
必要なモノだけ纏めて、家を出る。
何もかも捨てよう。
親父の手の中で転がされた生なんてクソだ。
逃げて逃げて逃げ捲くってやる。

ふと思い出して、裏庭へ行ってみる。
触るとかぶれる松や、クモの巣だらけのマキ。
今なら一息で越えられる灰色の壁。
そこから見下ろす景色は20年変わりない。
なのに、オレ達は、こんなにも変わってしまった。




全てはここで。






ラン。
オレとお前が別れる意味があったのか?
母親も子供も、オレと関係ない。
なのに、お前は、大事にしろって言う。
代わりにお前が離れると。

お前が側にいない。
それが、こんなにもオレを苦しめてる。


「げん!」



雑木林の中から踏まれる草の音。


「ラン・・!」
「何、してんの・・・?」
まるで、何もなかったみたいな気軽なセリフ。
「・・・お別れ。家を出る」
「そっか・・・。住むトコ決まったのか」
ランが顔顰める。

なんでお前がそんな顔するんだよ?
お前は、あのガキと一緒だろ。
幸せになれよ。
でなきゃ、オレが。
オレが。

「もう帰ってくるつもりねぇ。どっか遠いとこでも行ってくる」
え?ってランが顔を上げる。
「どっか?どこ?」
「決めてねぇ。もう何もかんもいいから。お前、あのクソガキに
取られるし。だから、最後にここ昇ってお別れして」
バカみたいにオレは笑って。
「ゲン」
ランの後ろの雑木林。そこに人影が見えた。たぶんセイショウ。
ランの家へ二人で帰って来てたのか。

「なぁラン」
ランの目にオレの姿が映ってた。
「オレの子じゃなかったら?」
ランが目を見開く。
「オレの子じゃないって言ったら?」
「げ、ん。マジで・・?」
オレは笑うだけ。
「じゃな」
塀を下りようとしたその手をランの手が掴んだ。
ランが蹴上がって、塀の上、上半身を持ち上げて。
「ら、ん」
震える唇。
少し躊躇って、少しだけ口付けた。
「もっと。もっとキスしたい」
涙目でランが塀の上、膝ついて乗りあがる。
オレは両手で抱き締めて、ランの向こう、睨みつける目を見た。
それから。
ことさらゆっくり。
見せ付けるように、キスした。
「どこにいても、ランを愛してる」
「ゲンッゲンッ行くなよっどこいくんだヨッこのバカ!今まで
頑張ってきたのは、何のためだよっ」
ランの手がオレのシャツを裂きそうな勢いで掴む。
それにオレは小さく囁いた。
「お前らの破局を、祈ってる。そしたら、すぐ飛んで帰ってくる。
愛してるラン」
ダレよりも。
誰よりも愛してるよラン。
オレのアコガレのオトコノコ。

塀を飛び降りると、ランがしゃくりあげて泣いた。
オレの名前呼びながら。

なぁ。
そんなお前残して行くの、オレそんなイヤじゃない。
お前、まだオレを好きだろ?そう、わかる。
お前はまだオレ好きなんだよ。
お前は、今弱くて、だから楽な方選んでるだけだ。
オレが消えて。
そして考える。
オレがいないって事を本気で考える。
オレを追って来いよ。ラン。

この世の果て。

死ぬなんて勿体無い。
生きて生きて、また愛し合うため。


オレはずるい男。

一握りの砂。
ランの心に置いていく。
あんなキスをした後で、お前はセイショウとキスでき
るはずない。
ずっと後を引く、ずっと忘れられないキスだ。
その味を、消せるか?ラン。

迷え。
迷って、選べ。


居なくなったオレを、愛してろ。

お前が、どんなにオレを好きだったか、思い出せ。















いつか二人で地の果てを見に行こう。

肩組んで、バカだったって笑いに。





その最果ての地で。












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