「ラン」
目の前に現れた少年が、オレの事を気安く呼んだ。

少年。



あの頃の、毎日が退屈で刺激的でどうでもよくって。
ただただ、何かを貪りつくしてたあの頃。




ゲンと毎日ベッドにいたあの頃。




あの頃の、ゲンと同じ顔で・・・。



「らん」
ニッコリと笑うクリっとしたあの目、あのあどけない顔。

「げん・・・?」

これは、ユメカマボロシカ?


シガ ラン 。オレは、今年28になる。







10年。






オレは変わらずゲンの隣にいる。と、言ったら嘘だ。
ゲンは、ワケの分からない、デッケー会社に通って、毎日
遅くまで働いてて、オレの部屋へ来る暇も無い。
いつまでも、親元にいるのも鬱陶しくなって、オレは家も
出て、ゲンがもうあの塀を越えて来る事も無くなった。
だから。
オレも、ゲンがあの塀を越えて来るのをもう待たなくてよ
くなった。
高校を卒業した後は何年かフラフラしてた。
大学やら専門学校なんて選択肢はハナから無かった。
でも、入りびたりの「ラスタ」で、バイトしたりして、料理
出来るようになって、ついに二年前。
小さなカフェを開く事が出来た。
モチロン。
親の出資と、ゲンからのプレゼント(業務用キッチン)と、
今でも仲良くしてるセージからの紹介で特別低金利(銀行が
クソに思える)で金を借りて、今に至る。

この辺りじゃ繁盛してる方だ。
夜にしか来れない連中は、深夜営業を希望してるが、オレが
夜遊べなくなるからやらないでいる。
そんな訳で、昼にしか喰えない、みたいなレア感が客を呼ん
でいるようだった。コーヒーの味もそこそこ。


今日もいつものとおり。
昼に、ゲンからの時々しか来ないメールをチェックして。
また、空のメールボックス閉じて、店を開ける。
ふつうに。


その店先。
ちょっとシャレた、レンガ調の歩道。
その歩道の手摺に寄り掛かり、生意気にズボンに手を突っ込
んで、紺のボンボンガッコの制服を着崩した、あの、ゲンが
・・目の前にいた。


大好きだった、生意気な笑み。
小悪魔な目。
今じゃ、アルバムの中のそれが。
それが、目の前で、瞬きして、髪かきあげて、話しかけてくる。

「ラン。腹減った」
息を呑むオレ。
どんどん近づいて来るゲン。
「ゲン・・・!?」
「ん?」
小首傾げて、クスリと微笑む。
あの頃のまんまのゲン。

ウソ・・・・。
オレって、ターーーイムスリップ?

なんてバカな事考えてるうちにオレはゲンにキスされてた。







本日、臨時休業。
カランッ。





「タオル、ある?」
ゲンがオレから抜き出す時、息荒くしながら言った。
ゲンは出す量が多くて、いつもティッシュじゃ拭き取り切
れない。
オレは当たり前みたいに、ベッドの横のタオル渡す。
「・・・・腹減ったって・・・こういう事かよ・・」
昼寝専用のシングルのベッドの上、うつ伏せになって文句
言ってみても、遅い。
「ごち」
ニカッって笑うゲンが裸で、冷蔵庫から天然水のボトル持
って戻って来た。
オレが寝てる横。
ドカって座って、水を飲む。

気が動転してたってのもある。
でも、この顔見て抵抗なんかできるはずない。
ジッと見つめてると、また笑ってオレを呼んだ。
「ラン」
ゆっくり屈んでくる。
唇に触れるくらい近くまで来たとき、気づく。
ホンモノのゲンには無い傷。
コメカミの横、切り傷みたいな線が引いてる。
「お、前、ダレ?」
「ゲン」
言って、またキスされる。
オレを遊んでるキス。
ここは?って、こういうのした事ある?って、痛いのは?
強く吸ってもい?って、オレを試してくる。
一度、唇離して、溢れてる唾液。
オレの口の端を親指で拭ってくれる。
「ゲンは・・・こんな優しくねぇ・・・」
言って、一瞬ゲンの顔が固まった。
「ふーん?」
「誰なんだよ・・・オマエ。なんで・・・。ゲンの・・従
兄弟・・?なワケねえよな・・。じゃぁ?」
「サテ、誰でしょうね?」
言って、またオレのカラダに触ってくる。
唇で背中辿られて、ハグラカサレテ、また。
そう、オレも、どうでもいい気んなってくる。

こんなん、久しぶりだ。
自分まであの頃に戻ったみたいなキブン。
全部許してる。
許せてた。
ゲン。
なにもかもがオマエ次第だった。

目の前のゲンが烈しく動き出す。
それを薄目で見つめながら、ゲンの腿に爪立てた。




もう、2ヶ月も、ゲンと会ってない。
そんなオレが。
目の前の誘惑に勝てる筈もない。
強く強く抱き締めて、ユメでもマボロシでもいいから。
ああ、オレもあの頃に帰りたい。
帰りたい。
ゲン。
これは、オレの願望?


このリアルなセックスが夢には思えない。



















「起きてよ、ラン。オレ、マジ腹減ってんだってば」
カラダを揺すられて起こされる。
ハッとして、隣の影に手を伸ばす。
と、ゲンはどっから出してきたのか、オレのTシャツと、
イージーパンツ姿で目を擦っていた。
「ゲン・・・」

居た。やっぱり居る。ゲンとは少し違うゲンが。

「なんか作って」
ハフハフと欠伸しながらゲンが言う。
たぶん、今まで、オレの横で一緒に寝てたんだろう。
時間は4時を回ってた。
嵌めこみのクローゼットから、クリーニング屋直送のプレ
スの効いたシャツを出す。
それを羽織って、ゲンに顔向ける。
「なんか・・・。和風?洋風?」
「ん・・・、ホットケーキ」
「ほ・・・・とけえき」
思わず繰り返してしまった。
すると、少し恥ずかしそうにゲンが何だよ、と言う。文句
あるのかって感じで。
ニヤけそうになる顔で、はいはい、待っててネとキッチンへ
向かった。
キッチンへ向かう背中。
引っ張られる感じがして振り向くと、ゲンがオレのシャツ
の裾つまんで、ついて来る。
で、ビックリして、顔前に戻した。

・・・なんじゃコレ・・!?
ガキだ・・・!ガキだよっコレ!
ちっちぇーガキみてーーー!!

それで、オレがフライパンとか出して、卵割ったりしてる
後ろ。さすがに、服は離してたけど、オレを見つめてる。
で、オレがフライパンの前から動かなくなると、また擦り
寄ってきて、オレの肩に顎乗せる。
「らん」
ゲンの唇が首掠る。
「らん」
「・・・・」
で、ちょっと振り向いて見ると、ニッって笑って腰に抱き
ついてくる。

・・・・。
これは、動物だ。
何かの動物がオレの願望の姿で出てきたんだ・・・!
恩返しだ。恩返しに来たんだ。
でも、オレ、なんか動物助けたっけ・・?


まん丸のホットケーキ。


ゲンが、フォーク、フォーク言ってはしゃぐ。
二人で、誰も居ない店のテーブルで、焼きたてのホットケ
ーキを食べた。
「ウマイ〜〜ッらん、最高」
「んな、ホットケーキくらいで・・」
「なんつーの・・・ホダサレルての?」
「オレに聞くなよ」
カップにナミナミ、ミルク注ぐ。
それを、嬉しそうにゴクゴク飲むゲン。

本当にゲンと違うって気づく。
こんな事であのボッチャンは、こんな喜んだりしねえよ。
アイツはもっとシタタカで、ズル賢くって、オレの前で
だって、何考えてんのかわかんない笑み絶やさない。
いや、クセになってたのかもな、アイツ。
足元掬おうってヤツラばっかの中で生きてきて、全面防護
壁で心の中、隠さなきゃ、アイツやってらんなかったんだ。
弱かったら、生きていけない。
強くならなきゃ、進めない。

それが、ゲンだ。


それに比べて、目の前のゲンは。
拾われた子犬みたいに、オレに甘えてる。

きっとゲンみたいじゃなく、素直に育ったんだろう。
誰にも咎められる事も無く。
泣いても、怒られたりしないで。

オレがもっと年上だったら良かった。
ゲンがもっともっと小さい頃、オレがずっとオトナだったら
オトナで出会えてたら。
絶対、守ってやった。
誘拐してでも、あの家から守ってやった。
そしたら、たぶん、ゲンだってこんな風に笑えただろう。
ゲンだったら。
本当は嬉しくても、こんな風に笑ったりしない。
クスクス笑って、ガキじゃねーんだって、食べないかも知れ
ない。

「ご馳走様でした」
少年ゲンが両手を合わせて言った。
こういう所作は、習慣が作る。
コイツの家では、それが当たり前なんだろう。
それで、感じた。
母親のニオイ。


まさか・・。


「オマエ・・・ゲンの弟・・・?」
満面の笑みが崩れる。
けれど、すぐ、あの生意気な笑みでオレを見た。
「だったらどうする?アンタってバカだよね?いくらゲンと
オレがそっくりだからって寝ちゃうなんてサ」
で、クスクス笑い出す。

ゲンと同じ笑い方。

マジで、生きてたのかよ・・!?ゲンの母親・・!!
しかも、こんなソックリな弟までいて・・・!?	

「どうする?ゲンに言う?言えるワケねーか。浮気したって
バレちゃうもんね。アイツどう思うかな?アンタの事」
「ゲンは・・・、オマエのママに会えたのか?」
自分を捨ててあの家から逃げたオンナだって思い込んでたゲン。
「・・さあね」
興味無いって顔して、少年ゲンが立ち上がる。
奥へ再び入って行って、制服姿に着替えて、オレの前。
通り過ぎる瞬間、一度止まった。
「・・・・また、来てい?」
さっきの強がりの笑みはもう消えてて、しょぼくれた子犬みたい
な目。
「月曜以外なら」
俯いてたゲンの顔が上がる。
「月曜・・?」
「定休日。皆が仕事始める日に休むって、得してる気するだろ?」
聞いて少年ゲンが、笑い出す。今度は柔らかい笑顔。
「バイバイ、らん」

その笑顔。
オレは、ゲンにそうやって笑ってて欲しかった。

いつだって気づいた時には、手遅れで。

ニンゲンなんて、ニンゲンなんて。
イヤになる。









次の日。


店のシャッターを開けたそのすぐ横に。
「らん」
「わっ・・・びっくりした。オマエ、もうガッコ終わったの?」
「な、わけないっしょ。サボってんに決まってんじゃん」
ケツをハタキながら立ち上がる。
こんなに早く再び来るとは思ってもなかったオレは思いっきり
うろたえる。
「なぁ、なんか手伝ってやろっか」
昨日の不敵な笑みはどこへやら。
尻尾、ぶんぶん廻す少年ゲン。

ゲン、オマエがこんなんだったら、オレ絶対襲ってたぞ。

「手伝わせてやってもいい・・けど、名前教えろよ。呼びにくい」
「いーじゃん、ゲンで。その方がアンタだって嬉しいんじゃないの?」
「・・・・。通報って110だったっけ・・」
ピ、ピ、ピッ
「ワーーッ」
携帯を開くオレに少年ゲンが飛びついてくる。
「セイショウっセイショウだよっ信じらんねえっマジで掛けやがった!」
オレの手から携帯を奪うと急いで通話ボタンを切る。
「セイショウね。カッコイイ名前じゃん」
「聖照。・・・母子家庭だったけど、明るい道を生きれるようにってさ」
オレの顔見て、苦笑するセイショウ。
「母子家庭・・・。ゲンの親父は・・?」
「たまに、家に来た事はあったよ。年に何回かだけど。でもオレにした
ら、知んないオッサンだも。でも離婚はしてなかったみたい」
「そうか・・」
「・・・・」
「・・・・」
オレはそれ以上聞かないで、店の開店準備を始めた。
「・・・聞かないのかよ。もっと母さんの事とか」
後ろから声が掛かる。
「・・・それって、オマエにとって、どんな話?」
振り返ると、セイショウの眉間がキツク寄る。
「フツウの話?いい話?キツイ話?・・・オレにとっては、この話は
ゲンが真剣だったってコトしかわかんねえ。けど、それってオマエに
とっても同じじゃねえの?」
「らん・・・」
セイショウが抱きついてくる。
で、顔を両手で挟まれた。
「ちょっと待った!今日は、店開けるからナ!二日も連続で休んだら
店が潰れるっ」
「ケチ!!らんのケチ!」
「ウルセー!手伝うって言ったのは誰だっ」
「らん」
両手掴まれる。
壁に押さえ付けられて。
唇が合わさった。
「セイショウッ」

この馬鹿力!!

「あ、Hしてる」
と、店のドアが開いた。
「ケータ!!」
そこには、真っ白のフードを被った、ケータの姿。
「・・・ナニコレ、ラン。ゲンのミニチュア」
ケータがセイショウを指差す。

全然、ミニじゃねーと思うけど。
寧ろ、こいつのがゲンよりデカイ。

「ゲンの、弟」
オレは慌てて、セイショウを押しのけて、カウンターへ入る。
「コーヒー頂戴」
ケータの好みは濃いブラック。
「今日は試合ねえの?」
「うん。オフ。後で、セージと出掛けんだけど。昨日、店休みだった
から気になって来てみた。したら・・・コレだもんな。なんかフクザ
ツってる?」
ケータがカウンターの席について、も一度セイショウを振り返る。
セイショウは置いてきぼりくった顔。
それが、ケータにも気に入られたみたいで、ケータが笑って、おいで
おいでする。
オズオズとケータの隣の隣に座るセイショウ。
警戒心丸出し。
「カワイイナァ・・。コレそんな心配なさそうじゃん」
「コレとか言うなっ」
セイショウが顔を紅くしてる。
「何歳?」
「・・・17。」
「若けっ」
笑って煎れ立てのコーヒーを啜るケータ。
オレはセイショウの前にもカップ出してやる。
コッチはホットミルク。
セイショウの顔が一瞬呆けて、フンッて顔背けてカップに口付ける。
それ見てケータが笑う。
「ゲンは・・・元気?」
「・・・ん。どうだか」
苦笑。
もうまる二ヶ月姿見てない。
さすがのオレも、もう正直自信無い。

すると、セイショウが嬉しそうに話し出した。
「アンタの写真いっぱい見たよ。一回ゲンが夜中にガサゴソやって
るから何かと思ったら、アンタの写真だった。しかも、アンタの裸
の写真とかだぜ?隠し撮りしてたんだぜ、アイツ。コッワ〜」
セイショウは暴露してやったって感じに、笑ってる。

ハダカの写真。そんなもんあったのか・・・・。

「・・・それ見て、オレんとこ来たわけか・・」
溜息混じりに言うと、ケータがセイショウの頭をハタイタ。
「テメー、ブラコンか?んな理由でランのとこ来たんなら許さねーぞ!
兄貴に構って欲しいんだったら素直にアイツに言え!ランを巻き込む
な!」
それ聞いて、セイショウが青くなった。
「だっ誰が、あのクソヤローなんかと仲良く・・!!」
イッキにカップ飲み干すと、ガタガタと立ち上がり、店から出て行っ
てしまった。
「セイショウ・・・」
「ありゃりゃ。ズボシだな。ありゃ」

ケータはその後少し喋って他の客が来ると、帰って行った。

客が来る。
でも。
オレの頭の中は、ゲンとセイショウのコトでいっぱいだった。
仕事は慣れでこなした。

オレの写真見てたっていうゲン。
写真なんか見てないで、会いにくればいいのに。
会って話せばいいのに。
オレも、言わなきゃなんない事がある。
ずっとずっと考えてた。
これから。
どうすればいいのか。
オレ達どこへ向かうのか。


「もう、終わり?アイツ帰った?」
客があと二組だけで、外の看板をクローズに変えてたトコロ。
「セイショウ」
一度家に帰ったんだろう。制服姿じゃない。
キャップ深く被って、メガネ。
タンクトップの重ね着。
「目・・・悪りぃのか?」
「・・・ゲンと遭遇してもバレないように・・」
ボソボソと恥ずかしそうに言うセイショウ。
「は?」

やっぱり、ブラコンなのか・・?

「来ねーから、安心しろよ」
溜息が出る。
「なんで?恋人同士なんだろ?」
「だから、オマエはオレにちょっかい出したワケか」

やっぱり、ただの兄弟ケンカに巻き込まれただけなのか?

「恋人同士じゃねえの?」
客が同時に席を立った。
「かもな」
オレはレジを開ける。客が挨拶して出て行く。
それをセイショウは眺めてたけど、客が居なくなると、テ
ーブルを片し始めた。
「サンキュー」
ガチャガチャと皿を重ねる。
そのテーブルの端から端を拭く。
「なんで、別れたの?」
「別れ・・」
たのかな?オレら。
言葉に詰まっていると、セイショウがどうでもいいけどって
言った。

それで、ちゅうぶらりん。

「なぁ、メシ喰いに行こうよ。腹減った」
「・・・そうだなぁ」
ちょっと考えた。
今まで行ってた店には、コイツは連れてなんか行けない。
ゲンを知ってるヤツがいるとこなんてゴメンだ。
ケータじゃないが、何を言われるかわかったもんじゃない。
「ウチ来るか?」
「せっかく仕事終わったのに、作るの面倒くないの?」
「一人分じゃ面倒だけど、お前に食わせてやるって目的なら
なんでも作ってやるよ」
「フーン。じゃ、カレー食いたい」
「カレーかよ。フツウだなぁ」
「フツーがいいの。フツーの。でもレトルトじゃないカレー」
笑うセイショウ。

そういや。
ゲンも、ウチのカレー好きだったな。
凝りに凝ったレストランとかのカレーとかより、家政婦が作
ったカレーより、ウチでたまに食べるカレーがウマイって、
言ってた。
ウチのカレーは大量に作るから3日とか平気でカレーで。
それ言うと、ゲンはこっそり夜中とかにメシ盛った皿持って
来てて、夜食とか言ってウチのカレー食べてってたっけ。

ずっと、ずっと一緒にいられるって信じてた。
っていうか、オレが絶対離れないって思ってた。
齧りついてでも側にいてやるって。
笑っちまう。
結局、オレはどこまで行ってもヘタレって事か。

「これで、終わり?」
洗った皿をセイショウが棚に仕舞って振り返る。
「・・・だな」
「じゃ、行こうぜ」
セイショウは張り切って出て行く。
オレもあの頃は、こんな無駄に元気だったんだろうな。
元気ありすぎて、落ち着かなくて。
何かしでかしちまいそうで。
酒飲んで、気分ロウに落として。
毎日。
ゲンがいなきゃ、酒飲んでた。




マンションの近く。
カレー粉と野菜買って、二人でオレの家に帰った。




「いい匂い・・・!懐かしい。」
1LDKのオレのマンション。
オレの隣。
セイショウの顔が少し悲しそうに見えた。
「ま、これでも一応プロですから」
笑って、セイショウの頭こづく。
「なんで、料理人になろうって思ったワケ?夢だったとか?」
「なんで・・か」
カレーをゆっくり掻き混ぜながら、思い出す。
ラスタでの日々。
「なに・・・、笑ってんの?」
「そりゃなぁ・・・。コックになるかヤクザの下っ端やるか
って聞かれたら、そりゃ、即答するっつーの」

今なら笑っちまう。
ラスタのテーブル、オーナーのセージとマネージャーのシオ
さんと、他に三人怖いお兄さんに囲まれて。
ラスタの従業員が選抜に掛けられるってのは知ってたけど、
まさか、まさかオレにまで声が掛けられるなんて思ってもい
なかった。だって、オレ、バイトだったんだぜ?
ビビッて固まるオレにセージはシカトして酒飲んでるし。
もう、わけわかんねえうちにオレは店出す事に決まってた。

後でケータから聞いた話では。
実はセージがオレを追い出すためにやった芝居だったらしい。
いつまでもあの店にいたら、本当にヤクザの兄さんに可愛が
られて、抜けられない状況になるトコロだったから。
確かに、セージの知り合いって言ってよくご飯ご馳走になっ
たりした事があった。コワイお兄さんに。

でも、あん時はマジで泣きそうだった。
セージはシカトするし。コワイ兄さんはどうすんだって、怒っ
てるし。
あんな三者面談もう懲り懲りだ。


セージって本当性格悪りぃ。マジで身に染みたね。


「出来た」
セイショウが嬉しそうにメシ盛った皿渡してくる。
簡単なサラダとスープ。テーブルに並べて。
「さ、喰うか」
「いっただきまーす」
ウマイウマイってセイショウがスプーンを口に運ぶ。
「高校生ってこんな食うんだったっけか・・」
「食べマスヨ。毎日腹減って、困るんだよ。マジ」
「いったい、そのエネルギーは何処へ消えるんだろうな」
「ん〜〜・・・」
暫し、考えて、セイショウが答えた。
「精子?」
「セイショウ・・」
オレの睨みなんか効き目が無いらしく、セイショウは続けた。
「オレ、すげー出る量多いんだよネ。気づかなかった?」

こ、このキョウダイっ・・・!
サイアクっ

オレがシカトしてると、セイショウが気づく。
「・・・まさか、だよね?・・・ゲンも、・・・とか言わな
いよな・・?」
真顔。
それが、だんだんオカシクなってくる。
笑いを堪えながら教えてやった。
「お前ら、ホンモノのキョウダイだよ」
で、セイショウは空の皿にスプーン落とす。
「サイッテーー・・・。らん、責任取れ。チクショ・・オレ
んな話、聞きたくなかったぜ」
「お前が始めた話だろ!」
「ウッサイ。責任取れ」
言ってセイショウがオレを立ち上がらせる。
「どんな責任だよっ」
リヴィングに一つしかないドアの向こう。
「今、オレの気分サイアクにしたから、キモチ良くする責任」
「このエロガキ!」
「そういう年だし」
不敵に笑うセイショウにベッドへ押し付けられる。
「セイショウッ」
「ウッサイ」
服を捲くられて、手が潜り込んで直に触ってくる。
「やめろって!もう、オレなんかヤったって、ゲンは何とも
思わねえんだぞ!?意味なんかねえだろ!このブラコン放し
やがれ!」
「誰がブラコンだ!?オレはな、アイツ怒らせたくてヤッテ
んだよ!!ランがアイツのモノっていうならオレはアンタを
オレのモノにすんだよ!」
強くソコを握られた。
「イッ!・・!セイ、ショウ・・ッこの嘘吐き・・!」
セイショウの唇が喉に当たった。
「なにが」
少しづつ上がってきて、軽く唇同士が合う。
「嘘吐き」
柔らかな感触。それを食べるように噛まれた。
「どこがだよ」

だって、オマエ、すげー甘いキスする。
甘えん坊のキスだ。
だから、わかる。
ホットケーキ食いたいとか。
カレー食いたいとか。
ガキみたいな欲求。

オマエ、あの家に居場所が無いんだろう?
自分とそっくりの恋人がいるオレなら、きっと優しくして
くれるって思って来たんだろ?
誰かに、優しくして欲しくって・・。

で、なんでかオレが泣き出した。
「セイショウ」
「らん」
少し驚いた顔。
でも、ヤメる気は無くって、さっきよりもっと優しいキス
してくる。
「らん、ラン。」
少し、ゲンと違う声。

「セイショウ」

オレ達バカだ。
寂しい同士でくっついて。
なんもなんない。
なんも。
ただ、くっつけばあったかい。
それだけなのに。
それを拒めない。

「らん」
「オマエ、ヒキョウ。その顔で、その声で」

オレ、間違えちゃうだろ?
ゲンと間違えちゃうだろ?
大好きだって言いたい。
ゲン、大好きだって。

「らん。呼んでよ。オレの名前」
「セイ、ショウっ」
無理矢理勃たせられたチンポにセイショウの舌が当たった。
「ハッ」
息が上がる。
「呼んでよ、名前」
「セイショウッ」
両手でセイショウの肩掴んだ。
シビレて、我慢できない。ヤメテ欲しくて、力が入る。
「らんってば、痛いって。そんなクる?ゲンはシてくんな
かった?」
笑いながらセイショウがオレの手を握った。
「ヤバイんだってっオレ、ソレ、オレ、ダメっヤッ」
クルッと舌を巻かれて、先っぽに噛み付かれる。
「フェラに弱いんだ?カワイーらん」
「あっ」
吸う息が喘ぐ。
セイショウが深く咥えた。瞬間。







「秒殺じゃん」
喉を鳴らせたセイショウが笑う。
「うっウルセー!オレだってな、好きでイったわけじゃねえ
んだっテメーが、テメーが、シツコクっ」
「ゼンゼン、しつこくしてねーつーの。寧ろシンプル」
唇をティッシュで拭いてから、セイショウが顔を寄せてくる。
「オレは、するよ?らんが、弱いって言うなら、もっとする」

その目が真剣で。
オレはコワクなる。

「ゲンと違うよ?」

優しく笑うセイショウ。



違う。
違いすぎる。
顔はこんなに似てんのに。
ゼンブ、チガウ。

「セイショウ」
「らん」
カラダが繋がる。
ギッチギチになるオレの中。
苦しそうな顔してセイショウが息吐く。
「らん、今日、オレ、なんか変。すぐ出るかも」
感じすぎって笑ってオレの腰掴んだ。
オレも、感じすぎ、なんだよ。
片手掴んで、持っていく。
「握ってて、お前がイク時、放して。でなきゃ、
動かれて、溜めとく自信ない」
「らん・・・!余計にクる事言うなよっ今、出るかと
思っただろっ」
その手で扱かれる。
「セッセイ、ショウ!!」
「ちゃんと握ってる」
言って、自分も動き出す。
「うっはぁっはあっああっセイショウ!セイショウ!」
「一緒、イこう」
カラダを折られるくらい、突っ込まれて、ドンドン、ス
ピードが上がる。
突っ込まれる度に、オンナみたいに、アッアッって声が
止まんない。
「ランッ」
セイショウの手がオレを開放する。
頭の中が真っ白になった。
カラダの中が熱い。
セイショウの精液でナカが溶かされてる。
ビクビクするセイショウを感じて、オレは意識を手放した。




セイショウ。
今。
オレが一番苦しい今。
オレのところへ来てくれて、ありがとう。
ムリヤリ、ヤられたなんて思ってない。
体温分けてくれて。
慰めてくれて、ありがとう。



















「で、結局?」
「・・・・・・」
いつものオレの職場。
突然セイショウがここへやって来た日からもう2週間が経つ。



昼にやって来た寝起きのケータに朝食を出して、まだ暇な時間。
オレはコーヒーを啜る。
「どうなってんの?あれ」
あれ。
あれ、とは。
チラリ。
「何?もしか、オレの事?」

すっかりカウンターの内側に見慣れたセイショウの顔。
「付き合ってんの?」
「ケータ!」
飛び上がるオレ。

ケータ・・・、セージに似てきたぞ、その物言いっ
しかも、今、一番微妙なトコロをグサッとっ

と、思ってるオレの耳にあっけらかんとした声が響いた。
「当たり前じゃん。毎日ヤってんだから」
「セイショウ!!」
思わず、セイショウを肘で突いた。
「イッ」
「へー。さすが高校生だね〜。ラン、腰にキたら、いいサジマ師
紹介してあげるからね」
「・・・・ドウモ」

なぁ、オレだけか?今、顔から火が出そうなのはオレだけなのか?
しかも、セイショウ・・・。
オレ達は付き合ってるって。
オマエはちゃんとオレの事、好きになってくれたって事なのか?
でも。
でもな、セイショウ。オレは。
オレは、ちゃんと、ちゃんとしなきゃイケナイ。





そう思っても、足が止まったまま。










大事な事置いてきぼり。

オレは毎日。
ゲンが苦しんでても。
オレは毎日。
ゲンが悩んでても。

セイショウと会って。
キスして、ヤって。
夜中に散歩したり。
月曜にガッコさぼらせて、海まで行ったり。



ゲン。
オレは、今でもオマエ大好きだ。
オマエもきっとそう言ってくれるってわかってる。
でもな。
でも。



セイショウ。
勇気をくれ。
ゲンから離れる勇気を。






「らん?どしたの?」
昼下がりの日曜。
セイショウと一緒に出たマンションのエントランス。
濃紺のベンツが横付けされていた。
ドアが開き、中から現れたのは、スーツ姿のゲン。
「らん。なんで、コイツがここにいる?」
蔑んだ目。
「ゲン・・・!なんで・・」
「やっと、うるさいのを遠くへやれた。ランは何にも
心配するな。それより、オマエがなんでここにいる?」
ゲンの目が鋭くセイショウに向けられた。
セイショウはそれを真っ向から受けて答えた。
「らんは、もう、オレんだよ?」
言って、固まるオレを抱き締めた。
「ラン。・・・・まさか、だよな?オレと間違えた・・
なんて言い訳は無しだぜ?ラン?」



10年。
10年愛してたオトコが目の前にいる。
オレに、もう心配はないって。
また、元通りだって。

ゲン。

「別れよう」
ゲンの眉が上がる。
「何?」
「もう、別れる。ゲン。オレ・・・、本当に、セイショウと
付き合ってんだ。ホラ、オマエに、ソックリだし。ゲンが
いない間、ずっと、コイツと居た。もう、何回もエッチし
た」
詰まりながらも、なんとか言い終えた。
血が逆流してるように感じる。
「・・・約束破った」
ゲンと付き合ってる間は、他の誰ともエッチしないって約束。
なのに。
ゲンは、だから?って言った。
「だから・・・」
「いい。許す。行こうぜ。やっと休みになったんだ。乗れよ」
オレの手を引くゲン。
「ゲンッ」

ダメだ。
オレはちゃんとしたいんだ。
この手、離さなきゃいけないんだ。

「結婚すんだろ!!」
ゲンの手が緩む。
「知ってる・・・。子供が出来たって・・・セージに聞いた」
「・・・・でも、オレはオマエが好きだ。結婚はする。だけど
おれの恋愛まで親父達に好きにさせられたくない。なんだ?親
父が何か言って来たのか?」
「違うって!」
「オンナも子供も遠くへやる。お前は何も気にするな」
「ゲンッ」
オレは思わず、セイショウを見た。

それじゃ、一緒なんだよ。
お前がダイキライな親父と一緒じゃねーかよ!

「大事にしてやれよ、子供。お前の子だろ?繰り返させんな」
涙が出た。

サヨナラ。
ゲン。
大好きだったゲン。
オレの全てだった。
結婚したって、ずっとずっと一緒にいたかった。
でも。
でも、オレ。
お前の子供、不幸になんかしたくない。
お前の子供だったら、しあわせにしてやりたい。
お前守れなかったオレだから。
遠くになんかやるな。
オレが離れるから。

右手が握られた。
見ると、セイショウが歩き出す。
引っ張られるようにオレも足を出した。
「ランっ」
「ゲン、子供泣かせんな!!もしお前みたい塀乗り越えてくる事
があったら、・・・誘拐してやるからな!!」

どんどん早くなるセイショウの足。
オレはセイショウに引っ張られて、駆け足になってた。

「セイショウっセイショウっ止まれって・・!」
路地をどんどん進んでく。
狭い家の間。狭い歩道。
そこかしこに並べられてる鉢植え。花。
「セイショウ!!」
セイショウの足が止まる。
路地の先。
小さな公園。
日曜の公園には父親と遊ぶ子供の姿。
「セイショウ」
「オレ、らんの子供になりたい」
そしたらさって、笑う。
「毎日遊んでもらって、一緒にフロ入ったり、一緒のベッドで寝たり。
オレが結婚しなかったら、・・・オレずっと家に居ていいんじゃん?
跡取りんなって、店、継いで・・・・。ずっと、一緒いる。ランと」


で、泣き笑い。

「そっくりで、ゴメンな。でも、もう、ランは間違えないじゃん?
オレとゲン、間違えないじゃん?思い出させちゃうかもだけど・・・。」

コイツ、サイテーだよ。
28にもなる大人泣かせて。
なんで、そんなにお前は甘えんのがウマイの?
甘えて、甘やかせてくれて。

「なぁ、聞いてる?らん」


オレはただ泣いて、鼻啜って、コッチがガキみたいに頭撫でられてた。



ゲン。
バイバイ。




















その次の日曜。

ドタドタする物音で目が覚めた。
重い腰を起こして、ふらつく膝に力をいれる。
ドアを開けると。
「らん、オハヨー」
「・・・・」
リヴィングがダンボールで埋まっていた。
「ま、マジで・・・引っ越して来たのか・・?」

頭がイタイ。
ゲンの親父さんはなんて言ったんだろうか?
いや、コイツこそ、なんて言って出て来たのか!?

「セイショウ」
「いや、一人暮らししてもいいっつーからさ。ホラ、
軍資金にあのオッサン100万くれて。で、早速。
引っ越して来ちゃったv」

背筋を。
いやな緊張が這い上がる。

ほら、ネコ拾って帰って、見つかった時みたいな。
ヤベッ怒られるって緊張。

「セイショウ・・・!!このバカ!オトナにはなぁっ
オトナのケジメってもんがあるんだぞっそれを、オマエっ」
「いーじゃん。面倒見てよ。なんなら、オレも付き合うから
実家にアイサツ行く?」

顔が青ざめる。

キチンと筋を通し、アイサツをし、許しを貰い。
それが、大人らしい節度のある、
「あ〜〜〜〜!!もういい。引っ越すぞ。バックレる」
途端に笑い出すセイショウ。

イヤな事は、先送り。

はいはい。どうせ、オレはヘタレですよ。

らんサイコウって、笑い転げるセイショウ。




いつか、怒られても、ゲンの親父に会いにいきたい。
セイショウと一緒に。
それで、ゲンの子供、一緒に見に行ったり。
遊んでやったり、ホットケーキ食わせてやったり。

どうか。
そんな近い未来が訪れますように。



































あの塀を越えて見えた顔が、泣き顔じゃなく笑顔だったら。

また、聞いてみたい。

「何してんの?」

「お父さんのマネ」


あの裏庭にハシゴをつける日を夢見て。








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