話は今を2000年遡る。

小国ではあるが、王も政治もあり。

文明も時刻もあったその昔。

その時代、当たり前のように神がいた。

言葉を操り、他に類を見ない姿。

その不思議な存在を人々は神と崇めた。





心がヨジレテ。

左手が握れなくなった。





軽く握る。放す。握る。放す。

握る。

放す。

指が意思とは逆に微かに揺れるのみ。



「ユウセキ」

「大巫女様」

呼ばれたそこに立っていたのは、「父親」という男だった。

実際に一緒に暮らした事はない。

ただ父だと教えられただけ。

「腕が動かなくなったと聞いた。見せてみろ」

言うことを聞かない腕を右手で持ち上げて、大巫女に見せた。

大巫女は腕を何度か摩り、ブツブツと唱える。

それから胸に下げた小さな麻袋から粉を摘み左手の掌へともみ込んだ。

「全ての厄災からユウセキを守りたまえ」

そして。

オレの動かない手の平を長い針で刺した。

「う・・・・!!」

動かないくせに痛みはしっかり感じた。

針は止まる事なく手の甲を突き抜けた。

そこへ大巫女は魔除けだと銀の糸を通した。

糸が抜けないように蒼い石でとめた。

掌の蒼い石が血にまみれている。

小さく丸い珠に血がすべる。

「ヒスイだ。お前を守ってくれるだろう。」

大巫女はそれからオレの首へと小さな珠がいくつか連なった首輪をかけた。


ひどく窮屈に感じた。

輪っかは締め付けるものではなく胸元に垂れるものだったが、まるで魔除けよりも
自分に呪いでも掛けられたように感じた。


「大変名誉な事ですよ。ユウセキ。大巫女様はあなたに巫女の素質を認めているので

しょう」

微笑む母親を見て、オレも微笑んだ。

心がヨジレテ、手の平が死にそうに痛んでいたけれど。







痛みを忘れるために、何かをしたかった。

だけど、その何かがわからない。

何かを考えたくても、痛みで考えられない。

ただ歩く。

歩いて。

どこもわからず。歩いて。

そして。

行くべきではない場所へと来ていた。

「セシアン・・・」

呟いた名前は同じ歳の兄弟のものだ。


窓のない大きな木の箱のような建物。

穢れを取るためと、その中にセシアンが居た。

いや、閉じ込められたのだ。

王の命令でセシアンは神への貢物へと選ばれた。

血だけなら、巫女のモノが確かに流れていると。

だが、その素質は稀に見る程皆無だった。

でもそれだけだ。

巫女の家系に生まれなければ、そう他の何人とも誰とも変わらないだろう。

あの男の種でなければ・・・こんな仕打ちを受ける事もなかっただろう。

飾りっ気のないその木の壁へ手を伸ばした。

ここで声を掛けてはいけない。

いると気取られてはいけない。

セシアンの声を聞いたら。

オレは。





セシアンを最後に見たのはいつだっただろう。

大きな鷹を見たと谷で会った時だろうか。

川の中で石を拾って、大巫女に見せてみようと二人で集めて。


そうだ。まだ手が動いてた。

セシアンの髪を梳いて、まだ濡れた髪を纏めてやった。



名前を呼んでやりたい。

ここから出してやりたい。


なぜ、こんな運命なのだろう?

オレは左手が使えなくても巫女に認められ・・・セシアンは巫女の素質は無いのに
貢物にされる。


神に喰われるセシアンを、いったいどの神に助けてと願えばいいのだろう。








一晩だけと別れを惜しむつもりでその傍へ座り込み。

物音で目を覚ました。

「ユウセキ!ここで何をしている!」

数人のヒゲ共が大巫女と目の前へ歩いてくるところだった。

手には松明。帯刀。縄。


今、これから・・・出発するつもりなのか・・!!


思わず、セシアンが閉じ込められている箱を見る。

中に寝ているセシアンが浮かんだ。

あどけなく。スヤスヤと眠っている、そんな顔だ。

そうだ。アイツはめげないで、前向きで、どこででも寝れて、貢に選ばれても
ハイと返事をした。


左手が震えた。


「大巫女様」

オレは両手をついて地べたに顔をつけた。

別にこいつが偉いからじゃない。

「お願いします!セシアンではなく、わたしを連れていってください!
わたしは左手が動きません。巫女になれません。
セシアンよりも巫女の血が濃いと思います。貢にはわたしの方が相応しいでしょう。

どうぞお連れ下さい!」

一瞬の沈黙の後、大巫女が言った。

「開けろ」

オレは顔を上げて膝立ちで、大巫女に怒鳴った。

「やめろ!!なんでコイツなんだよ!オレが行くって言ってんだろ!!」

「ユウセキ。これは誰かが決めた事ではない。なにもかもは人の意思ではない。
そうなるように出来ているのだ。天命なのだ。」

大鉈を振って閉じてある木の箱をメリメリと開く。

「いつか」

大巫女がオレを見た。

「お前にも聞こえる。声がな。どこからか声が聞こえるのだ」

「じゃあ・・・その声がセシアンって言ったのかよ・・?セシアンを喰わせろって・

・?
王でもなく、アンタでもなく!?」

「誰が愛している女の子どもを取り上げたいと思う!?」

息を切らした大巫女がオレに木片を投げつけた。

右手で顔をかばって立ち上がった。

「女の事なんか聞いてねえよ!セシアンの事を聞いてんだよ!
セシアン自身に思いはねえのかよ!!セシアン!!」

大巫女と二人で木の戸を破る。

セシアンの目が松明の明かりで見えた。

「セシアン!」

伸ばした手にセシアンの指が触れた。

握り。引き寄せて、走った。

その腕を掴まれ、セシアンと握り合った手が無理矢理引き離された。

体を押さえつけられて、草に顔を埋めて、放せ!!て叫んだ。セシアンを放せ!!っ

て・・・。

セシアンセシアンって子どもが泣くみたいに体中ばたつかせて。

ヒゲ共がオレの腕も足も押さえつけて、その時。

「ユウセキ」

セシアンの声がした。

顔を向けたくてもそっちまで見えない。

「セシアン!」

「ありがと。ユウセキ。でも、オレが行くから。オレ初めて大抜擢だし」

セシアンの笑い声が聞こえた。

「それに見たいんだよ。神様が。オレ見たいんだ。楽しみなんだよ。
オレがどうなるとか全然平気。それに」

少し黙ってからセシアンが言った。

「一回だけ、呼ばれたんだ。セシアンって。誰の声かわかんねえけど。だから。」


目の前の草が邪魔だ。

目に泥が入って痛くて、目が開かない。

口の中まで泥だらけで、木屑まで入っててイガイガしてムカついて、オッサンに
乗っかられてるから苦しくて息もつけない。

涙がダーダー流れてて、一生分泣いたかも知れない。

「行った。放してやれ」

辺りはもう明るかった。

白もやの地面から顔をあげる。

ただ突っ立って向こうを見てる大巫女がいた。

ずっと見送っていた姿かも知れない。

「顔を見れなかった・・・」

呟くオレに大巫女が振り返った。

「また会える。人間はそういうふうに出来ている」


えらそうに・・・。

だけど。

信じるよ。

オレにも聞こえるから。

本当は聞こえるから。声が。












それから2日。

セシアンとその一行は歩き続けた。

「ちょっと遅くねえ?オレだけだったらとっく着いてるっつーの」

「セシアンは元気だな。私にもその元気を分けて欲しいものだ」

後見人の王の末弟は、気も体も小さい。

そのせいで、この任を押し付けられたのだろうが、神に会うという大役に
すっかり縮こまってしまっていた。

「休憩しよう」

手を上げて一行へ合図する。

「また〜?っとにもう・・」

セシアンはサッサと川べりへ降りて水を汲んだ。

被っていた白い布を岩の上へ投げて、ザバザバと川に入る。

一通り魚やらを眺めたり石を拾ったりした後で水を汲んで、岸を振り返ると。

セシアンの白い布を被って男が岩の上に座っている。

「それ、オレんだよ。返せ」

手の平を出すと、男は布の奥から影になった目でマジマジと見つめてきた。

「なんだよ・・・」

眉間にシワを寄せると、男が笑い出した。

「お前、オレが見えないのか?」

「ハ?」

男は被りを取る。

そこには真っ青で鋭利な目。

「わ〜青い!・・・影でよく見えなかった〜」

そこでまた男は笑い出す。

「な、なんなんだよ?」

「お前、血だけはそれっぽい匂いなのにな。オレが見えないらしい」

「え?見えてるけど。オレ裸眼でキリン見えるし」

「・・・・いねえだろ」

そして、男はセシアンの前でその身を狼へと変えた。

「うわーーーー!!!!」

巨大な蒼い狼が目の前でお座りをしている。

「か・・・かわいい・・!!触っていい?」

おずおずと手を伸ばすと、笑った男の声が答えた。

「いいぞ」

「わー・・わー・・すっげ〜気持ちいい〜〜!ふさふさ〜〜!!」

夢中で撫で回してくるセシアンの顔が蒼狼の顔に触れた。

セシアンの方はもう遠慮なく抱きついてくる感じで顔をすりすりしてくる。

その唇が蒼狼の唇に触った。

蒼狼はその唇を舐めてやった。

途端に、セシアンの表情が固まった。

「どうした?」

「え・・・ん。や、なんでも・・・」

急に顔を赤くしたセシアンが蒼狼から手を離した。

「どうしたんだ?」

「え」

「なんだ?舐めちゃダメだったのか?」

「え、いや、違うんだけど。その。えと。じゃ、聞くけどさ!」

セシアンが立ち上がり蒼狼と視線を合わせる。

「・・・・どっちがホント(の姿なの)?人間はベロチュウとかって
マジで好きな人とするんだけど・・・」

「(どっちがホント)?(・・・舐める行為がキスかどうかって事か?)
気に入ったらオレは舐める。お前はかわいいから舐めた。
それだけだ。お前達がキスだというならそれだろう」

顔を真っ赤にしたセシアンが、じゃあっと切り出した。

「オレ達結婚したの?」








それから。
セシアンと蒼狼は仲良く暮らしました。












「ちょと待てって・・・っていうかセシアンって!」

真夜中の訪問者ヒコと、それを仕方なく受け入れる獣姦カップル。

獣の方は飽き飽きしてシアンの買ってくれた敷物の上で目を閉じている。

「なんだよ。もっと突っ込んだ性生活でも聞きたいのかよ」

「違うっつーの!ヒコ、ホントいい加減な話だな〜!セシアンなんてオレの名前に
セ付けただけじゃん!」

「いや、マジだって。確かオオワシから聞いたんだから」

「なんだよ・・人づてかよ!」

怒って、ヒコが買ってきたスタバのカップを啜った。

「しょうがねえだろ。昔話なんだからよ〜」

「っていうか、ウチの言い伝えと随分違うな〜・・」

「そりゃそうだろ。話ってのは美化されんだよ」

「じゃあ、王様の願い事とかってどうなったの?」

「あー、シアンがあとで思い出して蒼狼にやってって言ってすんだらしい」

「!!お前今、シアンって言ったぞ!やっぱ名前でたらめだろ!」

「セシアン!セシアン!セシアンだよ」

「こっのテケトー男め〜・・!イヌ〜喰え!コイツ喰え!」

ニヤリと笑う犬が起き上がる。

「シアンの頼みじゃ断れないな」

「あ、そうだオレ洗濯出しっぱだった!」

立ち上がるヒコに、シアンが笑う。主婦かよ!って


犬がシアンの隣に寝そべる。

数回首から顎の下を撫でると、スーーーーっと寝息に変わる。

何度こうやって犬を寝かせただろう。

その寝息を聞く度。


しあわせだな〜・・・と思う。



人間はそうなるように出来ている。

















昔々。
巫女で成した一族がおりました。
帝が射た鷹に、空の神が怒り、何日も空が晴れる事がありません。
困った帝は、地に住むアオオオカミへお願いに行きます。
巫女としては役に立たなかった少年を一人つれて・・・。


そして。


神と少年は出会い。
二人は愛し合いました。
未来永劫 離れる事はないと 誓って。









back
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送