気になる人がいる。
彼からオレは見えないけど、いつもオレは
彼を見てた。
彼を見てきた。
彼がここへ来ればすぐオレには、わかった。




今日も彼が見える。
小さな菊の花束を持った彼が。
ソレを漣へと放り投げた。






今年もその季節になったのかと気づいた。
何年か前。
夏の始めに襲った、気まぐれな台風。
この島国に近づいた時には温帯低気圧に変わり
風雨も大したモノじゃなかった。

それが、ワザワイした。

海を甘く見て。
怖いもの知らずのサーファーとかと一緒。
いい波だからとか言って。
ま、いい波だよ。本当。
オレヤだから海から上がるもん。

彼等もそんな気軽な気持ちで海へ来ていた人間
の一人だった。
もう数年前の事だ。
大勢でここで泳いで、気がついたら、彼の妹だ
け居なくなってた。

そのまま。
数年が経った。





毎年見る彼の悲痛な顔。

何かあったんだろうなって思ってたけど。
妹を亡くしてたなんて知らなかった。
たまたま居た砂浜で教えてくれたのは地元の
サーファー。
そうやってちょっと、知ったりすると、ここへ
彼が来る度に気になった。
あんな苦しそうな顔で、たった一人でここへ来
るんだ。
誰にも秘密で、来てるのか。
それとも誰も一緒に来てくれる人が居ないのか。
誰にもその姿を見せたくないのか。

オレにはわからない。

この海は、わからない事だらけ。
ただオレはここに居て、誰かを見つける。
意味なんかわかんない。
オレが神だなんて自分で思った事も無い。
ただ、人間がオレに両手を合わせる。
そして、海に向って何かを祈るんだ。
それが聞こえる時もあるし、聞こえない時もある。
オレだって毎日耳澄ましてるわけじゃないから。
ただ、オレの胸を締め付ける話だけは聞き逃さない
ようにしてる。
だって、可哀想だろ?
アイツみたいに毎年、泣きそうな顔させたら。
そんな人間をずっと見てきたけど。
オレがなんとかしてやりたいって思ったのはアイツ
だけだった。


夏の始め、今年も彼はそこへ立つ。

去年より伸びた髪。大人びた顔。
去年までの少年っぽさがまた少し薄れている。
ただ今年は、いつもと違い、彼はなかなかそこを離
れず、一言呟いた。

「生きててくれてたら」






事情なんかなんも知らない。
だけど。
アイツの顔とその一言で、オレは涙流した。
オレがいつから、ここでこうしてるのかなんてわかんない。
意味がもしあるなら、今かも知れない。
オレに出来る事。
彼の妹のフリをしてやる事。
バカだってわかってる。
だけど、まったくの他人のオレがイキナリ声掛けたって、
アイツを慰められるかって、ムリ。
いいだろ。
どっかで生きてるって思わせてやったって。

オレは彼に近づいた。
海からザブザブと歩いて、砂浜へ上がる。
彼がオレに気づいて顔を上げた。
その一瞬。
念じる。

オレはお前の妹。
オレの姿はお前の妹の姿。

目を見開いて、アイツが階段を駆け下りた。
それから、オレの肩を掴んで。
「ミミ!!ミミなのか!?本当に!?」
笑って頷くオレを彼が抱き締めてくる。
「生きてたのか!?今までどこにいたんだ!?オレは、
ずっとお前を・・!!」
そこまで言って彼は泣き崩れた。
その両手を持って、顔を上げさせて、オレは彼の額に
キスした。
それから海の向こうを指差して。
「アメリカにいるから。平気だから」
って笑った。
そのセリフに呆然とした顔。

まずったか・・・。

「じゃ!」
オレはやっぱやめときゃ良かったと思って、踵を返した。
そしたら、やっぱ追っかけてくる。
「ま、待って!!アメリカって、アメリカのどこだよ!?」
「あ、アメリカだってば」

どこって、アメリカって言ってんのにっ

オレは伸ばされた手を振り切るために走って海に戻った。
そしたら。
アイツ。

バカだよ・・。
オレ追っかけて服のまま海入って来ちゃって。
お前、海ン中、苦しいんだろ?
ムリだよ。
オレの庭だよ?
お前がついてこれるワケない。

オレはオレの後ついて潜ってくるアイツを見てた。
海水が染みるみたいで目顰めて、アイツが手足バタつかせて
オレに向って、手伸ばしてる。
真っ青な水の中で、オレはアイツに追いかけられて。
放心した。

なんて、一生懸命なんだろう。
なんて、必死にオレを追ってくるんだろう。

水の中でアイツを見上げる。
オレに手が届く手前で、アイツの口からガボッと空気が漏れた。
それで、アイツの目が閉じてく。
ゆっくり沈んでくるその体を、そっと抱き寄せた。
胸に抱いて、波に揺れる。

苦しかっただろうに。

それからオレは彼を抱いて、水面から出た。
愛しさで胸が締め付けられた。

そっと、彼を海岸へ寝かせてオレは海へ帰った。











まさかだったのは、その次の日も彼が来た事だった。
オレは浜に来てたガキ共を追い返してる最中だった。
「ここは流れキツイから他行きな。ホラ泳ぐなって
書いてあるだろ。大人がいるとこで泳ぎナ」
「ミミ!」
その声に振り向いて、驚いた。

しまった。オレ、催眠解いてなかったんだっけ・・!

彼にはまだオレがミミに見えるみたいだった。
「なぁ、帰って来てくれよ・・。オレ、まだ誰にも言っ
てないんだ。昨日の事が、信じられなくて・・・。ミミ。
帰ろう」
腕を取られて、咄嗟に振り払った。
「ミミ」
「ゴメン・・・。帰れない。また来年来て」
「ミミ、どうしたんだよ?どうして帰れないんだ?」
彼は泣き出しそうな顔をした。

そんな顔させたくなくてオレ、ここにいるのに。
結局、オレにはそんな大層なマネ出来やしなかったんだ。

「ごめん」
オレは謝って、また海へ向って歩いた。
膝まで入って、フと振り返ったけど。

今度はもう追っては来なかった。
波打ち際で、アイツは立ちつくしてる。

ボーダーだ。
それが、オレ達のボーダーライン。
オレはコッチ。
お前はそっち。

それが、オレの運命なんだ。
サヨナラ。
また来年、会えるといいな。












それから一週間、オレは陸に上がらなかった。
また、アイツが居たら、オレはどうしたらいいか
わからないから。


久しぶりに踏んだ砂はじっとりと足に纏わりつく。
オレの砂浜だけ、誰も居ない。
毎年毎年。
ここだけはオレの城。

もうどうして、この浜に人が来なくなったのかも
わからない。
随分昔だ。
オレは忘れるのが得意だから、どんなに痛い事も
すぐ忘れてしまう。
だから。
この浜がどうして、オレにとって特別なのかも、今
はわからない。
でも、ここだけは、オレの城なんだ。

時々、そうして、砂浜を歩く。

花火のゴミを拾って、階段の上へと投げた。
そこに。
「ミミ」
「あ・・」
口を開けたまま塞がらない。
声が出ない。
何も思いつかなかった。
「ミミ」
彼は真っ黒に日焼けしてた。
もうここには来ないと思ってた彼が階段を降りてくる。
「やっぱりまたここに居たな。待ってた」
はにかんだ彼がオレの前へ立つ。
オレはどうしようもなく項垂れた。
こんなに必死になってオレを追いかけてくれて待ってく
れたりするのは。
全部、オレが、”ミミ”だからだ。
わかってる。
わかってるけど、キツい。
こんな風に笑われたら、勘違いする。
カンチガイしたくなる。

オレ、こんなに好きだったのか・・・。
いつも、オレは何も考えないように生きてた。
世界の事も、周りの事も、海の事も。
自分の事も。
考えたら、頭がパンクするから。
そうやって逃げて逃げて逃げて。
きっとオレが海にいるのも。
きっと何かからか逃げて。
陸から逃げて。
だからオレはここにいるんだと思う。
だからオレは自分の気持ち、一つも掴めない。
傷つくのがイヤだから。
怖いから。

だけど、こんな風にオレの側を離れなかった人間が
昔いたような気がする。
波打ち際で遊ぶ彼を見て、少し涙が滲んだ。


それからも彼はやってくる。
真っ黒に日焼けして。
オレを見つけるとブンブンと手を振って嬉しそうに。
「これ、覚えてるか?」
彼がカップのアイスを取り出した。
それを躊躇い勝ちに受け取る。
「・・・覚えてない?お前、よくそれ食べたがってさ、
オレがなんか悪い事やった時とかコレ買ってやって、親
には内緒なって・・・。ま、忘れるか。食べよ食べよ」
彼は遠くを見て話してたけど、急に笑ってオレの隣へ座
って、アイスを食べ始めた。
静かな海だった。
ただ二人で石の階段に座ってた。
「色白いね」
言われて、顔を上げる。
彼は自分の腕を持ち上げて、オレの腕とくっつけた。
「もしかして・・・ミミじゃ、ない?」
鉛が胃に落ちる。
「違うんだよね・・?」
ドキドキと心臓の音でいっぱいになる。

だけどオレは何も言えなかった。
違うとも、そうだとも。
これ以上嘘をつきたくない。
けど、嘘をばらしたくもない。

ワガママ。

彼は少しだけ家と飼っている鳥の話をして帰って行った。


それから、彼は来なくなった。
その方がいいんだ。
きっと何か妙な出会いだったって思って。
何年かして、また思い出す頃には、この”ミミ”の顔も薄
れてく。
ただ、生きてるかも知れないって事だけ覚えててくれれば。
それが、彼を支えてくれる事を祈った。


夜。
オレは海から出ない。
だって、怖いじゃん。
急に海から誰か出てきたら。
だからオレは夜はおとなしくしてる。
文庫本読んだりね。
海の中じゃ本が濡れるからオレは月の下にいた。
「ミミーーーー!!」
その声に耳を澄ました。
「ミミーーーーー!!」
やっぱり聞こえた。
彼だ。
彼がオレを呼んでるんだ。
オレは急いで浜へ近づいた。
だけど、どうやって出て行けばいいだろう。
こんな夜に海の中から出て行くわけには行かない。
そう思って悩んでたら、アイツ、自分から海の中に入って
来る。
「や、やめろって・・!溺れたらどうするんだっ」
オレは声を出してた。
「ミミ!!」
オレは夢中で彼に手を伸ばした。
彼もオレに手を伸ばす。
足元がおぼつかない水の中で、オレ達は手を握り合って、
お互いの体を引いた。
抱き締めあう体と、近すぎる目が合う。
その目がゆっくり瞬きされた。
「ミミ」
それを見て。
オレは彼にキスした。
キスして。キスしかえされる。
またキスする。またキスされかえされる。
何度も何度もキスして。
彼がオレの体を砂浜へ引っ張った。
ズブズブに濡れた服を重そうに彼が砂の上へ膝をついた。
手が繋がってたせいで、オレまで膝をついた。
「ミミ・・・じゃない。ミミじゃない。・・・誰?」
彼がオレを見上げた。

きっともう覚悟してる。
彼はこれで最後にするつもりだ。
もうここへは来ない。
これが最後だろう。

そう感じて、胸が痛くなった。
「抱いてくれたら・・・教える」
嘘。
教える気なんか無い。
真夏の夜の夢。
それで、この恋は終る。
終わりにする。
さぁ、もう行くんだ。
オカシナ夢を見たと思って、帰るんだ。

彼は。
そんなオレの予想を裏切った。
空と海が回転する。
オレの耳元でジャリっと音がした。
唇には、やさしく濡れた感触が蘇る。
そこには熱い舌があり、濡れた唾液があり、オレの舌を
吸う唇があった。
一度離れて。
見詰め合う。
視線だけで熱くなる。
「好き・・」
「ミミ・・あ、なぁ・・・名前だけでも教えてよ。ミミ
って呼びたくない。ミミって思いたくない」

心臓にクるセリフだった。

オレみたいな、わけわかんないのを、彼は求めてくれてる。
抱き締めてくれてる。
「ウズ・・」
「ウズ?・・・ウズ?」
「・・ん」
首筋に彼が吸い付いた。
「あ・・・っ待って」
吸い付かれた場所が熱い。
オレは腕を出して。
「見えるとこに、・・・ツケテ」
彼は掌からやさしく口付けて。
唇が二の腕まで上がって。
肩の手前。
キツク吸い付かれる感覚に、目を閉じた。
「・・見える?」
目を開けて、視線を落とした。
二の腕の内側に、クッキリと赤いアザが出来てる。

顔が熱い。
ずっとこれだけは消さない。
ずっとカラダに刻んでおこう。
絶対忘れないように。

「ウズ・・」
またオレはキスされて、目イッパイ口開かされて、
彼の唾液を飲む。
それから。
彼の手がオレのシャツの中へ。

あ。

彼の指が小さいオレの粒を見つけて、止まる。
少しだけ確かめるような動きをして、止まった。
そして。
その手がオレの足の間へと落ちる。
「あっ」
声を出したのは、彼だった。








「オトコ・・・」









頭が真っ白になった。
愕然とする彼の顔。

オレは飛び起きて、海の中へ走った。
涙が出る。
涙が溢れる。

ヤバイ。
泣いちゃいけない。
オレは泣いちゃいけないのに。
涙が止まんない。

オレの涙が海の泡になる。
その泡がオレのカラダも泡にする。

ああ、溶ける。
溶けたら。
オレ、皆、わすれちゃう。
お願いどうか、このアザだけは・・・。
ブクブクとオレは淡白な気泡に変わった。
完全に海へと溶けて、ただの泡になる。



ただの泡になって、それに気づいてくれた
友達がオレを尋ねて来た。
オレを元に戻すために。
どうすればいいかって?
「ウズ」
名前を呼んでくれるだけでいいんだ。
オレは呼ばれて、海から出て行く事が出来た。
そこでオレを待ってたのは中年のオヤジ。
無精ひげ生やした。銀髪ロン毛のオヤジだ。
どっかの民族の長って感じ。
「またか」
「放っといて」
「放っておけるか。このまま消える事が出来る
なんて思うな。お前はお前の務めを果たせ」
「オレの務め・・?そんなもん覚えてない」
「だろうな」
オレは濡れた髪をかきあげた。
その頭を抱かれる。

オレはこうやって泡になって、皆忘れてきた。
嫌な事。
痛い事。
寂しい事。
全て。
だから、このオヤジが誰なのかもわかんない。
だけど、知ってる。
カラダは知ってるって言う。
だけど、オレは忘れてる。
きっと、こっぴどく傷つけられた相手なんだ。
だからオレは忘れた。
きっと、泡になって、コイツの前から消えたんだ。

フと、髪をかきあげた腕に、目がとまった。
「誰だ?」
オヤジがオレの腕を引いた。
「誰に触らせた?」
「知らない。覚えてない」
「覚えてないか・・・。コイツがまた来れば
思い出せるだろう。・・・楽しみだな」
オヤジがクツクツと笑った。
なんかムカつく。
「知らない」
オレの知らない事をコイツは知ってる。
オヤジは笑って、言う。
「慰めてやろうか」
「いらない」
でも、この腕を振り払えない。
今は海にも戻りたくない。
「彦と蒼狼を呼んでやろう。お前の悪友達を」
心地いい低音を肩に抱かれたまま目を閉じて聞いてた。
いつまでも。
いつまでも、そうしてた。





それから。
彦と蒼が、少年と一緒にやってきた。
あのおせっかいめ。









腕の内側に赤いアザ。
誰がつけたのかもわかんない。
けど。
この誰かを、オレは毎日待ってる。
誰も来ない砂浜で。

階段を降りてくる足音に振り向く。
一人の男が、タオルを被ってコッチをジッと見てた。
真っ黒に日焼けしたオトコだった。
























































「ウズ?」
オトコがオレの名前を呼んだ。
二の腕のアザが疼いてる。
カラダは何かを覚えてる。








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