オレは、期待してたんだろうか?

それとも。
こうなるって、オレの頭は予想出来なかったんだろうか?

なんで、オレは。

ノコノコと、ここへ来てしまったのか?

いつもなら、気にもかけない兄貴の物を。

郵送でいいって言った兄貴の物を。

ナゼ。

オレは届けようとしたのか。





「ヤメろ・・!!」

髪を後ろに引っ張られる。

仰け反った首。

背後から眼前に、あのニヤケた顔が迫った。

「呼び出してもいねえのに・・・、疼いて堪んねえって・・?」

伸びた舌、喉の奥を探り、上顎を掻き回す仕草で擽られた。

口の中で喘ぐ。

「ふぁっ・・・ああっ」

頭がクラッシュした。

まともな思考回路はゼロ。

鼓膜は加速する脈をメタル並みの音で響かせている。

「なんだ、お前・・?」

カネダ ジュンヤのタレ目が、一層細く歪む。

目はギラついてるのに、全体の表情は優しそうな笑顔だった。

それで、全身がカッと燃えるような熱さを感じる。

「もう、勃ってんのかよ・・?」

身体中の血が沸騰する。




イズミサワ コウキ。自分がわからない病、発病。

ココロガ、サビシスギ。

目からは涙。

手足は震え、口からは喘ぎ。

この男の熱いモノが、アテガワレ、体を貫かれて、戦慄く。

この瞬間、オレはオレじゃなくなる。

オレは自分を解放する。

記憶を失くす程に身体を動かし、夢中になって何かを追いかけた。

そして、目を覚ませば、オレはまた一人で、再びイイコの制服を着て
家へ帰るんだ。

帰りたくない。

帰りたくない。

何もしたくなんかない。

目なんか覚めなきゃいいのに・・・・。

「コーキ」

呼び声に薄目を開く。

「夢でも見たのか?・・・・泣いてたぞ」

優しく、目元を掬われて、動揺した。

「こんなの・・・アンタのキャラじゃない・・」

「お前もだよ」

カネダジュンヤが身体を重ねるようにオレを抱き締めて、オレの髪を梳いた。

余計に涙が込み上げて、堪らずカネダジュンヤの背中を抱き締めた。

髪を撫でながらカネダジュンヤが言った。

「なんで、オレなんか待ってた・・?ヤラレルってわかってたんだろ?コーキ」

声が耳を擽る。


なんでだって?

なんで、オレが上稜高校まで来て、中にも入らず昇降口で30分も待ってたか?だって?

まるで知らない顔ばっか見つめながら、アンタを待ってたか?だって?

ヤラレルってわかってて、どうしてオレがアンタを・・・。

「わかれよ・・・!」

グシャグシャに枯れた声。

「バッカじゃねえの、お前・・・」

ツレナイセリフ、でも、身体はしっかりとその腕に優しく抱かれてた。

「帰りたくない」

言ってまた涙がジワッと上がる。

「オレ、帰りたくないっ」




ケータ・・。

いくらどんなに弱ってたって縋っちゃいけない相手ってのがいる。って、
それが、どんな相手だかなんてオレは知らなかった。

だから、オレはバカみたいに、カネダジュンヤに手を引かれて歩いてるって事実に。

浮かれてた。

バカだった。














オレ、コウキとカネダの愛の逃避行が始まる。











6時には空が暗くなり、電車の外を見る事も難しくなる。

情けない顔をした自分の顔が、そのガラスに映る。

素直に見つめる気になんかならないその顔から目を背けて、隣を見る。


腕を組んで電車のドアの横へ寄り掛かり立ち尽くす姿。

その顔はどんな表情も乗せていなかった。

ただ、暗闇を見ている。眺めている。そんな顔だった。

電車の中は誰かと身体同士を触れ合わさないように出来ない程混んでいた。

カネダが一瞬コッチを見た。

「カネダ・・」

呼ぶと、カネダは数秒オレに視線を留め、それからまた暗闇を覗いた。





あの時。カネダは、オレの手を引いた。

ぐちゃぐちゃに泣いたオレの手を引いて歩き出した。

いったい何処に行くのかなんてわからなかった。

ただついていく。オレは訳のわからない力に引っ張られる。

この男に付いて行きたかった。

もうどうでもいいって思ってなかったかって言ったら、どうでも良かった。

何かを終わりにしたいような気持ちだった。

何かを決めて欲しい、そんなキモチだったんだ。

だから誰でも良かった。オレの手を引いてくれるなら、きっとカネダじゃなくても
オレは、ついて行ったんだ。

カネダ・・・。

何を考えているんだろう。

何も聞かないで、何も言わないで、ただオレの手を引いたこの男は、いったい何を思って
こうしているんだろう?

オレは少しの高揚感と母親を思った。

いったいいつ彼女はオレが居ない事に気づくだろうか。

オレが帰らないって気づいた時の母親の慌てぶりを想像して、心が躍る。

早く、気づけ。

オレは帰らない。

アンタの思ってる通りの息子なんかじゃない。

誰よりも、ケイタよりも、アンタがキライなんだ。

アンタのために勉強してた訳じゃない。アンタの自慢のためなんかじゃない。

見返すため。オレに背中を向けてきたアンタを見返すためにオレは努力したんだ。

その努力の中に、いつかは褒められる事を期待してた。

その期待も、いつか錆び付く。

心は枯れて、何もかもが面白くなかった。

クラスの奴らと騒ぐ事もない。そこにはキビキビと動くお人形しか居ないからだ。

前を向いて、ノートを取る。

休み時間にさえ机から離れない者も多い。

そんな環境に自分も染まってた。

目を細めて見る。

ここは何処なんだって。

オレがいる所はいったい何処なんだろうって。

この世界は誰も歓迎しないし、誰も拒んで無い。

ただ、そこにあって、邪魔じゃない。そんな世界なんだ。

そんな存在。

その中に。

オレもいる。




「座るか」

カネダの声にハッとした。

車内は立つ人も居ない程空いていた。

カネダに促されて、揺れる車内を歩く。

カネダは空いてる席があるのに、どんどん進んで、車両の端の席へと座った。

オレも座りかけたが、止めた。

「座れって」

カネダが不思議そうに見上げてくる。

「・・・だって、優先席じゃん」

言うと、カネダは意味がわからないって顔でオレを見るから、オレは窓ガラスを
指で差した。

「は?」

ゆっくりとカネダが振り向く。

ジッと数秒そのマークを見つめた後、カネダはオレを見上げて、バカか?と言った。

「席なら、アッチだって空いてんじゃん・・」

「ヤダヨ。オッサンに挟まれて座りたくねえ。だいたいな、この席に座っちゃいけねえ
のは、混んでる時の事だ。こんなガラガラん時に誰も気にしネエよ、このクソ真面目」

言われて、カーッと真っ赤になったのが自分でもわかった。

『クソ真面目』

そうだよ・・・!どうせ、オレは真面目にやるしか出来なかった男だよ・・!

腐る事も知らないで、ただ頑張る事しか出来なかったバカだよ。

いつかは報われるって信じて、信じる事で前を向いて、だけど、今オレには何がある?

母親の愛なんてもういらないんだ。耳につく猫撫で声。

コウちゃんって呼ばれる事に苦痛を感じたのはいつだっただろう?

振り向いてくれたんじゃない。

アッチに飽きたから、コッチを向いただけ。それだけだった。

「座れって。アホ」

腕を引っ張られて、座席に座ると、反対側の座席に座るサラリーマンと目が合う。

新聞の上からチラリと見る視線。

その視線に心臓が縮んだ。

何も悪い事なんてしてない。なのに、刺さるような咎めるような視線で見られて、
オレはもっと小さくなる。

「コーキ」

カネダに呼ばれてそっと横へ視線を移すと、カネダがオレの肩に腕を廻した。

「なっ・・」

抗議の声を上げようとすると、すかさずカネダが耳元へ囁いた。

「シッ!ここでチンポ扱かれてえのか」

聞き終わる前にオレは、小さく、でも強く首を振って拒否する。そして大人しくした。

心細さから胸に鞄を抱く。

カネダの身体がグッと寄って、肩を抱かれて、その手がオレの耳元で動いた。

一瞬肩を竦めて、カネダを見る。と、カネダは向かい側にいるオレを見てたサラリーマンを
睨みつけていた。

睨みつけながら、カネダの指が動く。

オレの耳たぶを指で摘む。ぐにぐにと揉まれて耳が熱くなった。

カネダはふんぞり返るように相手を睨みつける。

時々、指が耳たぶから耳の穴へと移る。


うあっ・・!


反射で閉じた目をカネダに向けるが一向にカネダの視線は戻ってこなかった。


ったく!なんなんだよ・・!


すると、そのサラリーマンが居たたまれない様子で立ち上がり、そそくさとこの車両から
出て行く。

その姿を見て、カネダが呟く。

「チンカスヤローが、スケベ丸出しの顔しやがって・・」

ニヤリと笑うカネダ。



スケベ・・・。あれは、そういう目だったのか・・・。



この世の中は弱肉強食だ。









何も喋らないカネダの隣で、オレはやはり黙っていた。

「降りるぞ」

言われて、え?、と目を開けた。

オレはいつの間にか眠っていたようで、カネダに寄り掛かっていた。

ヨロヨロと立ち上がり、寝ぼけた頭で電車から降りる。

オレの背後でドアが閉まり、電車はあっけなく走り出した。

それから、ここは何処かと見回す。

コンクリートのホーム。金網と有刺鉄線の向こうは雑木林のようになっている。

暗い。

とにかく、暗いところだった。街灯が点々としか無い。駅前なのにコンビニも無い。

駅の名前を見ても、ピンと来ない。知らない駅の名前だった。

「ドコ?ここ?ドコ行くんだよ・・・?」

カネダが急に足を止めて振り返った。

「イヤなら帰れば?」

言って、カネダはまた歩き出す。

『帰れば』

その一言で、オレは自分がどうしてこの男に付いて来たのかを思い出した。

オレは帰りたくないから、カネダに付いて来たんだ。

「行くよ。どこだっていいんだ」

早口で言って、オレはカネダの横へ並んで歩いた。

駅を出て、暫くはポツポツと居た人間も、一つ角を曲がってからは全く見えなくなって
しまった。

「スゲー・・・誰もいねえ。誰も歩いてねえ・・。つーか車も走ってねえ」

妙に感動してしまった。

ただ、ポツンポツンと闇の中に灯りが浮かんでいる。

「裏道だからな」

それだけ言うカネダ。

闇の中を歩いてる。

たった二人っきりで。

まるで、これが世界の端っこみたいに思えた。

誰も居ない。世界の最後にたった二人きりで歩いてるみたいだった。

それで、思わず噴出しそうになった。

何考えてんだよ・・って。


コイツと二人っきりで残されたら、オレ、いつか妊娠させられるっつーの・・!

冗談じゃねえよ・・。


そう思ったのに。急に寂しさが沸いた。


例え、こんな強姦魔だって、オレを必要としてくれたら・・・オレ・・。


そんな考えが浮かんで、恥ずかしくなった。


好きだって言われたい。愛してるって心から言われたら泣く。

オレが求めてるモノってそんなチープなモンだったんだ。

誰かに必要とされたかった。歪んだ愛情なんかいらないから。

いや、アレは愛なんかじゃないから。ヒマ潰しのペットの扱いだ。

オレは心からさ。

心から・・・・寂しいんだ。


そうか・・・と、気づく。

黙々と歩くカネダを見上げる。

どうして、ズルズルと関係してしまうのか。

ムリヤリに開かれた身体に、どうして抗えず受け入れてしまうのか・・。

カネダは、オレを欲しいって言うからだ。

来いよって呼ぶからだ。

それが、快感が目的だとしてたって・・・、オレを、呼ぶからだ。

胸が痛くなる。


今だって、カネダはオレの側に居てくれてる。

身体が目的だって、オレ、許せるよ・・・。

オレの周りには、こんなダチ、いない。いないんだ、ダチなんて。



そこで、また噴出しそうになる。



コイツがダチなんて規格だったらオッソロシイ事、この上無い。

カネダがオレのダチだとしたら、オレの「ダチ」とは寝る関係、になってしまう。


それでもいいか・・・。もうどうでもいいんだ。


何も惜しい物なんかないんだ。この身体だって、もうどうだっていい。

欲しいヤツがいるなら、好きにさせてやろう。

オレはもう別にどうだって構わないんだ。

そう思って自然に涙が浮かんだ。

目を細めて視線を上げると、空が瞬いている。

真っ暗な地上に立ち、見上げた空は幾千もの星。

その光に見惚れる。

棒立ち。

「コーキ」

呼ばれても動けない。そのくらい飲まれてた。

「コーキ」

また呼ばれて、そして、ドンと衝撃。

カネダの腕がオレを抱き締めた。

それで、涙が出た。

「泣くんじゃねえよ」

「お前が・・・!」

「悔しかったら泣くんじゃねえ。負けるな」

喉が詰まった。

カネダの手がオレの手を取って、また歩き出す。

いったいドコに行くかもわからないで、オレはついて行く。

泣きながら、歩き続けた。






しかし。

人間には限度ってもんがある。

センチなんて時間は長くなんか続かない。

「なぁ・・・。マジで、何処行くんだよ!?」

かれこれ・・・二時間近くオレ達は歩いていた。

時間は10時を廻っている。

ローファーを履いた足の裏が痛い。

二時間近くも歩いてるってのに、この男ときたら背筋は伸びきったまま、疲れも
知らんって顔だ。


空手ってそんなすげえのか・・。

急にこの男がただのイカレタレイプ魔じゃないように見えるから不思議だ。


「もう着く」

その一言を、仕方なく信じて歩いていくと、だんだんと波の音が聞こえてきた。

「・・海?」

「ああ」

長い松の樹林を海風が走る。

正に漆黒だった。

浜辺の入り口にある街灯だけ。

吹きすさぶ風の中、何も見えない先を見つめた。

そこに海があるのは、ただ繰り返す波の音が教えてる。

「おい」

カネダが手招いて側に寄る。

カネダはタバコを一本咥えて、ジッポを出す。

オレを風の盾にしながら火を弾く。

映し出されたカネダの顔。

赤々とついた火から、タバコ独特の匂いがする。

「・・うまい?」

「吸った事ねえのか」

「・・・・んなヒマなかったんだよ」

自分でも笑っちまう。クソ真面目にやってきたんだって。

「吸うか?」

カネダの声に顔を上げると。

首の後ろに手が廻された。グッと引き寄せられて唇が塞がれる。

痺れるような煙の味がカネダのベロからした。

ねっとりと舌同士を合わせられて、苦味に腕を押し返した。

「ふ、フツウに吸わせろよ!」

「ヤダ。どうせ吸えねえよ。吹かすしか出来ねえんだから勿体ねえ」

カネダは今口付けたそこでタバコを咥える。

「もっと吸いたかったら言えよ。またシテやるから」

カネダが笑ってた。


バカにして・・・。

どうせ、バカだよ・・。


ムカついて意味も無く、前の闇を睨みつける。

「夜の海って怖くねえ?」

言われて、カネダをまた振り返る。

「・・・オレは怖かった。飲み込まれそうで」

「じゃ・・・なんで・・」

「他に行くとこが無かった。誰にも助けてって言えなかった。家にも帰れなかった」

カネダの声を聞いている内に心臓がドクドクと鳴る。

「本当は死にたかったのかもな。なんもかんもどうでも良かった」

それから、吸いかけのタバコをオレに差し出す。

「これ、一本で全部吹っ飛ばせる時もある。安いもんだろ」

ハハッとカネダが笑った。自嘲。

「・・・いい。さっきのが、いい」

カネダの腕を掴んで、その胸に抱きついた。

カネダがタバコを吸う。少し首を傾げ、煙を吐き出したばかりの口をオレの口に合わせる。

味合わせようとする舌の動きがやけに優しく感じた。


このキスのために、生きていられる気がした。

このキスをシテ貰えるなら、強くなれる気がした。





この無の場所で、抱き合う。

それが、胸にズキンとくる。

ただ何も頼るモノが無い。

そのせいか、こんな頼りない自分と、ただそこに居る男を、強く繋げた。

訳の分からない感情が沸く。


強く生きて行こう。

この男が生きているなら。


真っ暗な闇を二人で見つめる。

でも、一人じゃない。

泣いても、一人じゃない。

この闇に誓おう。

強くなろう。コイツみたいに。






砂の上で重なる。

砂まみれの手を繋いで。

声を上げた。


朝日が昇るまで抱き合った。

この夜を絶対に忘れない。

きっとずっと。

忘れられないだろう。














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