関東大会、予選二回戦。
日差しのキツイ午後イチ。
オレ(モリヤ ナギ)は、鼻づまりに涙しながら
スタンドにいた。
前回に引き続き、全校応援。
派手な横断幕が掛かる手摺の上、オレは腕組して
試合を見つめる。
体調は過去3年を振り返って最悪。
たかが風邪。されど風邪。

チキショー!口で息すんのってスゲー疲れる!!

「大丈夫か、お前。顔赤いぞ、そろそろ熱出てき
たんじゃねーの?」
北村がオレの前髪を掻き上げた。
「そうか?」
「ん〜、微妙だな。今日暑いし。あるような無い
ような・・・とりあえず、ジャージくらい着てろ
よ」
「ヤダ。熱ちぃ」
「確かに、暑すぎだよな、今日。25度くらいあ
るんじゃねーの?」
北村はドっと湧き上がるスタンドを仰いだ。
試合は一方的だった。
開始5分で二点を先取。
その後もコーナーから一点。
フリーキックで一点。
前半だけで4点という猛攻。
だが、こういう試合は特に注意が必要になる。
対戦チームは無駄に焦って、ファールを連発する
からだ。
ここで怪我させられちゃ、本戦出場も水のアワ。
だが、スタンド客は大盛り上がりだった。
汚いファールが出る度に、盛大なブーイングを嬉々
として送る。
時々、コロスぞ、とか聞こえてくる。

サッカーって怖いよな。

「・・・ミンナ、元気だなぁ」
ソレに北村が噴出す。
「お前だけだよ。風邪なんかひーてんの。オ!笛
鳴ったぞ。休憩。休憩。お前、ちょっと裏で休ん
でくれば?」
「うーーん」
選手達が一気に脱力してグラウンドから降りていく。
ワタヌキがライン際に置かれたボトルの水を頭から
被っている。全身が濡れるのも気にならないらしく
ジャブジャブと浴びている。と、そのケツをアキタ
さんが蹴った。
ワタヌキが振り向いて反撃して、二人が笑った。
「別にやる事なんてねーんだし。後で起こしに行って
やるから、裏のベンチにでも行ってろよ。どうせ、
今日は、波乱無しだぜ。アッチにロナウジーニョでも
いない限り」
タハッ
バカバカしく北村が笑った。
「じゃ、遠慮なく」
「オウ」
オレは手摺から体を起すとジリジリと焼き尽くすよう
な日差しの照り返しの中、ひっそりと暗い階段口へ、
向かった。
一歩階段を下りて、クラっとする。
急に真っ暗になる視界が歪んだ。
「大丈夫か?」
と、その腕を後ろから持ち上げられた。
あ?と振り返ると、眉間にシワを寄せたメガネの短髪。
「ナニ・・お前、後光、差してるし・・」

マボロシ・・?

「アッチ(外)が明るいからだろ。ホラ、立てって」
オレのボケをマジ返しする声がオレの意識を呼び戻す。
ヒトがボケてんのに・・・。
オレはクラっときて、実際、座り込んでいた。
「おまえ、ツヅキじゃん」
オレの腕を肩に廻して、ツヅキが歩き出す。
「今、わかったのかよ?同中だっつーのに」
「話した事ねーじゃん」
「ある。入学式んとき、しゃべった」
「ウワ。それ高校のだろ」
「そう」
「しかも、”ナニ組?”って”A組”ってだけ」
ふつふつと笑いが込み上げてきて、肩が震えた。
「何、笑ってんだよ」
「は、だって、おかしいじゃん?オレら3年も学校一
緒だったのに、こっち来てから初めてしゃべったんだ
ぜ?ウケるっつーの」
「・・・なんか、お前、変だぞ。いつもこんなテンシ
ョンだったか?」
ツヅキに引きずられながら、応援席の裏に位置する、
喫煙席の一角を指差した。
「あー・・・(熱のせいか?)、あ、もういいよ。
オレ、そこで休んでくから」
「ヘー、じゃオレも」
ツヅキはオレを座らせるとその横で内ポケからあたり
前のようにタバコを出した。
ソレを一本咥えるとライターを取り出す。
そのタバコをオレは引っ手繰ると、ポイと向かい側の
ベンチに放り投げた。
ツヅキが一瞬固まって、そのタバコを見つめてから、
向き直る。
「テメ・・、先公かよっ」
「(う)っせー。オレの肺にわりぃーだろうが。
オレたちゃ、走ってなんぼの競技なんだよ。超鼻詰ま
ってる時に、んなもん吸わせんな」
ツヅキはイヤな顔で舌打ちすると、ライターをしまう。

勝った・・・!

「つまんねーな」
ツヅキは腕組して足を組んだ。
「知るか」
オレは両手をズボンに突っ込んでベンチをずり下がる。
「お前って思ってた通りカワイくねーな」
ツヅキが頭上でほざいた。
「はは、テメ、帰れよ」
見上げてやると、ツヅキの目が細まる。
その目に掛けられたメガネをスっと持ち上げて、ツヅキ
はソッポを向いて言った。
「オレ、空手部だって知ってた?」

ゲ。

「・・・・・・・」
「一本吸っていいか?」
ツヅキの勝ち誇った余裕の声音。
「死ねよ」
誰が暴力に屈服するか。
「・・・テメェ、ヤってやろうか」
ツヅキの口調が、ゆっくりとドスの効いた声に変わる。
「ああ、やってやろうじゃん」
見上げた視線がぶつかる事も無く、回転した。
「イッテ!!」
ガツっと音がして、後頭部がジンジンと痛む。
目を開けると、ツヅキがマウントで拳を握っていた。

来る!

両手を顔の前でクロスして防御した。腹筋に目一杯、力
を入れる。
と、一瞬、体が気持ち横に向かせられた。
その気持ち後ろ、腰の辺りへ。
バチン!!
「イッッッッゥ」
脂汗がドっと出る。
「効くだろ。レバー。これ一発貰うと、誰でも動けなく
なる。さーて」
背中を押さえたまま強張るオレの体を、ツヅキの手が撫
でた。
「イッ、イッテェー・・・、なに・・?オマエ、え?」
「モリヤ、涙目。そういう顔してろよ」
ツヅキの顔が近づいてくる。
「テ、て、メッんん!」
両手で顔を挟まれて、舌を突っ込まれる。
これが、ワタヌキ相手だったら、勃起するとこだが、
今日のオレにはどっちにしろ、そんな余裕は無かった。

死ぬ!!

鼻が詰まってたオレは、思いっきりツヅキの舌に噛み付
いてやった。
「ッッテ!!イッテ、・・・噛みやがった!」
一気に体を起したツヅキが口を押さえている。
「ハー、ハー、テメェ、窒息死させる気か!!」
ついでに、オレの上からも蹴り落とす。
と、息が上がったせいで、オレの口からケンケンと咳が
出た。

苦しいっ

うつ伏せて、ゲホゲホ咳をしていると、その背中を摩られる。
「・・・大丈夫か?オマエ。マジ調子わりーんだな」
しばらく背中を摩られてから、やっと咳が止まった。
「あ、ありがと」
顔を上げて、オレは涙目で礼を言うと、ツヅキも、うん、と
かなんとか答えた。






沈黙。







すると、外から大歓声が聞こえてきた。
もう、試合が始まったみたいだった。
「なんか、飲み物買ってくるわ」
ツヅキが急に立ち上がって、大股で歩いて行ってしまう。
オレは、ホッと息をついた。
「・・・変なの・・・なんなんだ、オレら」
残されたオレは脱力して、ベンチに仰向けに寝転んだ。
目を閉じて、考えた。

アイツ、・・・・さっきの、キスだったよな・・。
ホモ・・?

「オイ、大丈夫か?」
その偉そうな呼び声に、目を開けると、居るはずの無い男
が目に入る。
「センパイ・・!」
ワタヌキが額を合わせてくる。
次いで、頬を撫でられて、唇を指で辿って、お決まりのキス!
「待った!オレ、鼻詰まってる!」
「じゃ、ベロ入れない」
チュ。
チュ。
ワタヌキは何度も唇を寄せてくる。
「ちょ、ちょっと、待・・ア!」

がこん。
コロコロコロ。

ワタヌキが振り返ると、転がる缶と、立ち尽くすツヅキ。
「・・ツヅキ」

今の、見られた?よな・・。

「モリヤ・・・。テメェ、・・・・風邪が治ったら覚えてろよ!!」

捨て台詞だ。捨て台詞言って、走ってった。
なんだ、オマエ、カッコイイぞ・・・それ。

「・・・知り合いか?」
呆然とツヅキの後姿を見つめていると、ワタヌキが懲りずにオレ
を抱きしめてくる。
「あー、同じ中学の奴・・」
「ふーん」
この男は、キスシーンを目撃されたってのに、動じる様子も無い。
と、オレはある疑問に気づく。
「アレ?・・・あんたなんでここにいるの?試合は?」
「やってられるか。あんなクソ試合。(わざと)ファール出して、
ゴンゾーさんに引っ込めて貰った」

そりゃ、引っ込めるだろ。
二回でレッドだ。
だいたい怪我されちゃ敵わないだろうし。

「センパイ」
「ん?」
「べろ入れていいよ」
言って、ワタヌキが笑った。







しかし、すごい捨て台詞だったな。風邪が治ったら、か・・・・。



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