「頼むから。ワタヌキタツトには言うな」



目元を腫らし、ガシャガシャの声でモリヤが
言った。
「眼鏡、返してくれよ」
オレは浅く座ったままポケットから片手を出
して、モリヤに向けた。
モリヤが一歩、二歩と進んで、オレの掌へ、
銀淵のソレを乗せる。手を、掴んで引き寄せた。
モリヤは無抵抗で、顔だけ背けて呟いた。
「・・・空手部なんてダイキライだ」
オレはモリヤのシャツのボタンを一つ外した。
ビクリとモリヤの肩が上がり、オレを射るように
睨んだ。
「言わねーよ。アイツにバレなきゃいいんだろ」
続けてボタンを外し、全開にしたソコへシャブリ
ついた。
下から首根まで舐め上げる。
モリヤはただ黙って何処かを見てた。
オレがする事なんて人事みたいな顔。

面白いじゃん。
どこまで我慢できるか、試そうぜ?


シャツをモリヤの肩から滑り落とす。
その体にオレは声を失った。

オレが訪れた部屋は二度目で、その唇に触れた
のは三度目だった。





時間を遡り、事はここから始まる。
「カネダ先輩、どうしたんスか?ソレ・・」
放課後、珍しく胴着姿のカネダが道場に現れた。
壁に寄り、膝を立てて座り込むその隣に立った。
「昨日イキナリ襲われた」
カネダ先輩は笑って口元の青黒いアザを触った。
「先輩がやられるなんて・・」
「だろ?熊かっつーの。わかってて避けられな
かったからな。見ろよ。ザックリ、イッてるだ
ろ?」
痛いだろうに、先輩はその口に指を突っ込んで
中を引っ張って見せた。
白く爛れた肉が噛みあわない傷口をパックリ開
けていた。
思わず眉が寄る。
「誰にやられたんスか?」
「ワタヌキだよ」
「え」
カネダ先輩は目を細めて嬉しそうに笑う。
「オレがアイツのオンナに手出したと思ったら
しい。いくらオレでも、猛犬付きに手出す程、
アホじゃねーってのに。で、オマエがそのアホ
か?」
息が止まる。
やっとで深呼吸して強張る口を動かした。
「・・・・先輩じゃないスか」
「オレ?」
「『抱きたいだろ』って」
「・・・言ったな」
確かに。と、呟いて立ち上がる。
オレより優に10cmは高い所から今度はオレ
を見下ろして肩のストレッチを始める。
「おい、やろうぜ。オレと闘りたかったんだろ?」
肩の関節を折って、肘を押さえて伸ばす。
「・・・もしか、オレでウサ晴らしスか?」
「まさか」
先輩は笑って壁から離れる。
「ただ、自分が弱くなった気がしてビビった。た
まには、練習しねーとな」

実はこの人って意外と真面目なんだよな・・・。
生徒会とかやってるくらいだし。
セックスに関してはメチャクチャなんだけど。

オレは、帯を締め直して冷えた板間を踏みしめた。






カネダ先輩が殴られた。

ワタヌキに知られたモリヤはどうなったんだろう?
そういえば、今日姿を見ていない。
カネダ先輩をフイ打ちで殴るくらい嫉妬で荒れ狂
ってたとすると、その矛先がモリヤに向けられた
場合、モリヤは?
考えれば考える程、焦れる。
先輩との乱取りの後、オレの頭をそれだけが支配
する。
最後まで道場にいる事が出来ず、一人抜け出した。
逡巡の後、オレは携帯を手にした。
中学の同級生に電話を掛け、モリヤの家の電話番
号をメモリした。
『はい。モリヤです』
出た声は妹。
「あ、ツヅキですが」
『ツヅキ先輩?こんにちは、なっちゃんですか?』

なっちゃん!

もちろん、モリヤの事だよな。
思わず、笑い声を漏らした。
『ちょっと待ってて下さい』
耳元でガサゴソ音がして、遠く、なっちゃん、と妹
の呼び声が聞こえた。
『もしもし』
一瞬戸惑う程、モリヤらしくない掠れた声だった。
「なっちゃん?」
『テメぇ、ツヅキ』
「いーじゃん。かわいくて」
『クソ眼鏡』
「その眼鏡、取りに行っていいか?」
『・・・オマエ、何なの?』
「何って?」
『意味わかんねーんだよ。何がシたいわけ?』
それがわかれば、オレだってこんなまごついたりし
ない。
そんな事を考えて、たっぷり時間を空けて言葉を選
んだ。
「えっち」
『ふざけんじゃねーよ』
ガラガラの声が大きく響く。
「オマエ、言っとくけどな。この間のは、オマエが、
誘ったんだぞ」
『誘ってねー!人違いだ』
「とにかく、眼鏡」
『・・・知るか』
呆れきった声。
「5時半位に着く。じゃな」
携帯をケツのポケットに仕舞って、歩くスピードを上
げる。

モリヤに会いに行く。

その事実がオレを浮かれさせていた。
この気持ちにもうオレは気づいている。
答えを口にしないだけで、風見鶏のようにあるルール
にのっとってオレもモリヤを見つめている。
そのルールはアヤフヤで、変則的で、オレはそれに素
直にはなかなか従えやしない。
それでも、一度乗ったレールからはそう簡単には降り
れやしないらしい。
それでも、この気持ちが今なら幸せに思えた。
今、今、だけ。
本当に一瞬だったとしても。
幸せに感じる事は出来たんだ。







そして。
着いた部屋で。
オレはモリヤがワタヌキに何をされたのかを知る。



モリヤのワイシャツを落としたオレは愕然とした。
にっこりと笑って、モリヤが、背中を見せる。
「すげぇ?」
無数の赤紫の小さなアザ。
両手を腰に当て、振り返る。
「オレも今朝、見てビビった」
たぶんその時のオレは、馬鹿みたいに口を開けてたに
違いない。
「オマエのせいで、死ぬ程ヤられたよ。まだジンジン
してて、歩くのもヤベぇ。結局4日も部活休みだ」
言いながらシャツを拾って、ベッドへ丸めて投げると、
クローゼットから出した七部袖のシャツを被る。
「あ」
その声にオレが見上げると、もういいんだよな?と、
裾を下ろした。





降参だよ。



んなもん見せられたら、一気に萎えるっつーの。
マジ、フザケてる。
アイツの残した跡だらけの体を抱く気になんてなる
わけがねぇ。
なんなんだよ。
少しでも、心配したオレって馬鹿じゃねーの?
オオバカ。
何が、バレなきゃいい、だよ。
ヤラレタ。
んなツモリさらさらねーんじゃん。
クソ生意気な・・・!

「帰る」

「おい。さっきの、忘れんなよ」
ドアを開いて、オレはモリヤを睨みつけた。
「言わねぇよ。向こうが突っかかって来たら知らねぇ
けどな」
「そしたら、サッカーでケリつけようぜ。大負けに負
けてPK戦にしてやるよ」
モリヤは器用に足の甲にボールを乗せて笑う。
「アホか」








ダメージは甚大。
オレは階段をフラフラと降りて、玄関で再びモリヤの
妹と対峙する。
「あ、ツヅキ先輩」
笑う、モリヤの妹。
その向こう。
猛犬がオレを不敵に笑ってこっちを睨みつけていた。

ワタヌキタツト。

階段を降りる足が固まる。
掌から嫌な汗が染み出してくる。
「本当に、上がらないの?ワタヌキさん」
「ああ、今日はいい。ナギにもオレが来た事、秘密な」
「・・わかった。秘密。」
モリヤの妹は悪巧みにのったように目を輝かせた。
「出ろよ」
ワタヌキタツトは、噛み付きそうな目で静かにオレを
誘った。

あーあ、あんたの誘いなんて、モリヤに言われなくっ
たって遠慮したかったのに。

オレは答えずにローファーの踵を踏んだまま、ワタヌ
キタツトの後ろからドアを出た。

無言でオレ達は歩いた。
暫くして、ワタヌキタツトが足を止めた。
そこは小さな子供が遊ぶような公園だった。
その入り口の石段へ、軽くケツを乗せて、オレを見た。
「まさか、こんな早く見つかるとは、思わなかったぜ」
思わず、息を呑む。
「たまたま、様子見に来ただけだったけど」

逃げようか、と考えて、相手がサッカー選手だと思い
出す。走り屋を振り切れる程オレに速さも持久力も無い。

「さて、どうするか」
言って、ワタヌキは、サブバッグから携帯を取り出した。
「昨日、一晩中ヤってたから、オレも、んな元気じゃねー
んだ。本当なら、オマエの相手してやりてーとこだがな。
そこで、カネダのやり方でいく事にした。オラ、携帯出せ
よ」

一晩中・・!
さっき見たモリヤの背中にワタヌキタツトがプラスされて、
オレの脳内に広がる。
アイツが跪いてワタヌキタツトをしゃぶってる絵が浮かん
だ。
頭に血が上る。
「早くしろよ。登録してやるから」
「・・・・」
オレは顔を背けて、ポケットから携帯を取り出した。
「・・・なんのため、だよ?」
携帯同士を合わせて、通信する。
「貸しだ」

貸し?
意味がわからない。
その顔は薄く笑って勝ち誇っていた。

「今日は見逃してやるって事だ」
そのセリフに一気に緊張が解ける。
「何しに、テメーがここへ来たかも、いい。ただ、オレは
今からナギとセックスする。それだけだ」
オレは目を見開いて、堂々と言ってのけるオトコを見つめ
る。

こんなニンゲンは、もう一人しか知らない。

「あ、なんなら、これから毎回ワン切り入れてやろうか。
ヤル前に」
楽しそうに笑いを堪えながら、もう一言付け加える。
これって、逆すとーかー?
背中を震わせながら、ワタヌキタツトは道を戻って行った。
本気で、これからモリヤとヤル気だ。
暫くその背中を信じられない思いで、見送った後オレは急
いでその場を離れた。

が、数分後。

携帯が今登録したばかりのオトコの名前を表示した。
嫌な予感に負けながら、当てた耳元に声が響く。
『ナギの喘ぎ声、聞かせてやろうか』
オレは急いで、携帯の電源を落とした。
それから、走り出す。
頭の中で、ワタヌキタツトの笑い声がする。
頭がイカレそうだった。
今すぐ、モリヤを犯したかった。
犯してやる。
絶対、犯してやる!
川沿いの土手。
オレは真っ赤になって走って、走って、走って、息が切れ
て、もう足が動かなくなって、足を止めた。
途端に、涙が出た。
とっさに、膝の間に顔を落とし、道の真ん中でオレは泣いた。





答えはわかっている。
オレが口にしないだけで。






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