「おりえんてーりんぐ?」
ワタヌキの気の抜けた声。

そりゃそうだ。
濃厚なキスかました後に、言うセリフじゃねーもんナ。
でも、オレは言う。
言わないと、ズルズル、コイツの思惑にハマってしまう
からだ。連泊なんてとんでもナイ。
朝帰りなんてのもジョーダンじゃない。面倒い。

昨日の土曜から今日の日曜、只今PM.7時。
もう、帰らないとヤバイだろ。
「月曜の朝5時半集合なんだよ、オレ。だから、もう帰
る。ゴメンな、センパイ」
なのに、ワタヌキは一瞬ボケた顔した後に、またキスし
てきた。
「ちょっ」
その肩を両手で押し返してやる。
と、押し返してるのはコッチなのに、どんどんオレの背
中は重力(?)に引かれるままフローリングに着地。
「山登りなんてサボっちまえ」
「そりゃ、ホンネ、行きたくねーけど。」
「なら、サボってデートな」

デート!?
ワタヌキの声で、聞き慣れない単語が飛び出した。

スゲー、行きたいんデスケド・・。
でも、オレがサボったら、ヤツラの昼のカレーの具材が
減る・・・。ま、にんじんなんかなくたってカレーなん
か食えるだろうけど・・。
イヤ、待て、オレ、あんまりそれって不真面目すぎない
か?
しかも、なんでもコイツの言う事聞いちゃってるみたい
で、オレってナニ?って感じもしないでもナイ。
で、気づく。
ワタヌキが肩震わせて、笑ってるってコトに・・・!
「アンタ・・」
オレが迷ってるの見て喜んでたナ!
「デートはまたナ。しっかり足腰鍛えて来いヨ」
笑いながらワタヌキが立ち上がった。
と、振り返る。
「なんだよ」
起き上がりかけた肩に伸ばされる手。
膝を付いてオレの顔に被さってくる。
今度は逆さまに映るワタヌキのカオ。
「ツヅキに気付けろよ」
衝撃のセリフの後、逆さまの唇が合う。
舌が舌の上を滑って何処までも深く。
深く、互いの奥へ伸びる。
今まで感じた事もナイ感触がした。
ダレも触れられないバショをくすぐられる。

こんなんで。
こんなんで、スゴク感じる。
少しだけ、少しだけいつもと違うって事で、オレは
普段よりも感じてる。
感じすぎてる。
この唇を放すには精神的苦痛を伴う。
ずっとずっと抱き合えてたらいいのに。

「悪かった。イジワルした」
ワタヌキが言って、オレを起こした。

せつない。

「明日はまるっきり、お前近くにいねーんだな・・」
独り言みたいにワタヌキが呟いた。
それに軽く答える。
「ん。また明後日」
オレは口元だけ笑って立ち上がった。

唇を指で弄りながら、目だけでワタヌキはオレを見た。
少しだけ見つめて、逸らされる。
シツコク引き止められるのは困るけど、もう、引き止
めないってカオ見るのも、すげーツライ。
もう一度キスしたくなる。
したくなる気持ちのまま、オレは部屋を出た。
もう一度、呼んでくれたら、キスしよう。
そう思って階段を降りる。
降りきっても、ワタヌキのドアは開かなかった。
玄関まで行って、ワタヌキのお母さんに声を掛けて、
アイサツしてオレは外へ出た。

ハァーーーッ
バカだ。
キスくらいしてくりゃ良かった。
こんな後悔するな、ボケ!
出来れば自分のアタマをハタキたい。

マンションのエントランス。
小さな植木が並ぶ門を出て。
「オイ。気付けて帰れよ」
始めの『オイ』だけ大きく聞こえて振り向いた。
二階のベランダから頬杖付いてワタヌキが見下ろしてる。
「バーカ!」

んなとこから呼ばれたってキスできねーよっ
あー、後悔。

そんな気も知らないヤツはケラケラ笑って、手を振った。

バカバカしい。

でも、顔は自分でもわかるくらい笑ってた。
まったく冗談じゃねーよ。
オリエンテーリングなんて。

駅までの道、オレは大股で歩く。









次の日の早朝。

朝って、こんな早くても朝なんだな。

朝の5時。開けたカーテンからはいつも起きる時間と変
わりない明るさをキープした朝があった。

もっと朝モヤ〜とか、日の出〜、みたいかと思ってた。

朝の5時は意外とフツウの朝だった。
少しタリィ頭を揺らして、今日の髪型でイケるかどうか
鏡を覗く。
毛先がよれてるくらいならイケる。
毛が立ってなきゃセーフ。

ヨシ。

いつものエナメルバッグからサッカーボールやらシューズ
やらを取り出して、今日はにんじんと米としおりと・・・。
なんか、オレのバッグが可哀想になってきた。
ゴメンナ。今日だけ我慢してくれ・・!
だけど、荷物入れてもヘタっとシオレるバッグ。
肩に掛けて考えて。
それから、意を決して球を入れる。
やっぱコイツないとしっくりこねーよナ。カバンも。
と、ジっと渋い視線を感じてオレは急いだ。
「何やってんの、アンタは・・!今日は部活無いって言って
たじゃないのっ出しなさい、コラ!」
母親にバッグを掴まれそうになりながらオレはパッと靴を履
いて外へ飛び出した。
「行ってキマ〜ス」






行き先は山。
登山。
高速で二時間も行くととんでもない山の中に行けると、今日
初めて知った。
ま、アウトドア好きな家庭のカタは知ってるんだろうけどな。
「テメー、ふざけんなよ」
キタムラがオレを指差す。その反対の手には包丁。
「ナンもふざけてねーだろ」
「キッタネー!」
「きったなくねえ。」
「オマエのカレーにはカレー粉を使わねーカレーにしてやる」
「いーから早く作れよ」
キタムラは舌打ちして、再びじゃがいもと格闘を始めた。
オレはというと。
早くも戦線離脱。
にんじんの皮むきを包丁の背でやるって知らなかったオレは、
バッサリ、掌へ刃を立ててしまった。
反射神経の良さで、にんじんを放り捨てたおかげで(非難ゴ
ウゴウ。洗えば食えんだろ!)ザックリはいかなかったが、
大出血。
そんな訳で意味も無く、白く巻かれた左手を上げている。

あ、意味はあるのか、血がいっぱい出ないように。
でも、アホくさい。
かっこ悪い。
ズキズキする。

と、そこへ。
「モリヤ・・・大丈夫か?切ったのか?」
ザルを持った、ツヅキ。

話しかけんなヨ。できるだけ視界に入れないようにしてんだ
からコッチは。
昨日のワタヌキのセリフがアタマをチラつく。

「ああ、切った」
とりあえず、ブッキラボーに答えた。と、聞こえる溜息。
「んな、警戒すんなよ・・・。悪かった・・。オレ、なんか
変だったんだよ。もう、気にすんな、あの事は。今のオレに
んなキモチねえから」
思わず、ツヅキの顔を見つめた。いつもの銀縁じゃなくて、
黒いシカクい眼鏡。

ツヅキは一瞬びっくりした顔をしてから、一度顔を伏せて、
上げた。
その顔は確かにフッツーで、別に視線もオレだけを食い入る
んじゃなくって、すぐ逸らされる。
前みたいに、挑発する感じもない。




マジで?
こいつ、もうオレの事どうとも思ってないってコト?




そう思うと、急に自分が恥かしくなってきた。
おもっきし、警戒してた自分が。

なんだよっなら、もっと早く言えっつーの!
出来るだけコッチはオマエと接触しないように構えてたっつ
ーのに・・・!
ハズカシイッ

「どこ切ったんだよ」
「てのひら、二センチくらいかな」
「それでオマエはここで一人ぼっちしてんのかよ」
「誰も遊んでくれねーからナ」
ツヅキが笑う。

本当だ。オレら結構フツウっぽい。

って、オレの左手をツヅキがそっと握ってきた。
それで、ソっと包帯を解こうとする。
「な、んだよっ」
「傷、見せてみ」
「どんな趣味だ、オマエ」
オレは手を取り上げる。
「心配してんだよ。血止まったかどうか見せてみ」


え。

違和感。



フッッツーのトモダチが、面と向かって、心配してるって
言うもんだろうか・・。

なんか、オレ、わかんなくなってきた。
何信じればいいんだ?
コイツの言う事信じてもヘーキか?
オレ、騙してないか?

そんなオレに気づいたのか、ツヅキが手を引いて笑った。
「あ、オレ、マッチ取りに来たんだった・・じゃ!」

・・・・アヤスィイ・・・。

オレはツヅキのコトを考えるのもイヤになった。
そんなオレをキタムラが呼びつける。
「混ぜろ」
渡されたオタマ。
砕かれた、カレーのルーを持つキタムラ。
黙ってオレは頷いた。
キタムラも黙って頷いた。

やっぱ、トモダチってこういう雰囲気だよナぁ?



出来たカレーはまぁ、カレーだった。
カレーはカレー。

あーヒマだよ。
センパイどうしてるかな?
アキタさんと学食?
それともコンビニでも行ってる?

ズキズキする掌。
コレ見たらセンパイ笑うかな。
「イテェの?」
同じ班のヤエダ。
「ちびっとナ。時々、ズキッとくる」
言うとヤエダはハハハッって笑った。
ヤエダはオレよりも少し小さいし細い。でも顔がまるっこ
くて、コドモっぽい。
「モリヤ、変な持ち方してたから、ヤリそうとは思ってた」
「なら、教えろヨ〜。ま、仕事しないで済んだケドな」
「モリヤって目が怖そうなんだも。教えられなかったよ」
笑ってヤエダは近づくと、オレに耳打ちした。
「さっき見ちゃったんだけど。オレも、なんだ。モリヤもツ
ヅキと、・・なんだろ?」
固まるオレの笑顔。

うおぉーーーーい!!
『・・なんだろ』の『・・』が異様に気になる!が。
が、しかし。
ここは突っ込んどこうぜ!?
カミングアウトするのは勝手だが、オレを巻き込むナ!!
「違う。断じて違う。」
オレはヤエダに掌を立てた。
「フンイキで分かったって」
そう言われると、全否定しずらい。
だが、相手が違う。違いすぎる。
「オレ」
ヤエダが言いかけた時。
「ヤエダ」
と先生が呼んだ。
舌打ちして、ヤエダはそっちへ歩いて行く。

呼んだのは、ガタイのいい体育教師だった。

なんかだかナ・・・。
目を細めて二人の背中を見つめてた。





午後の登山は、班ごとに分かれて、ダラダラと出発した。
中盤(たぶん1キロくらい来たトコ)まで来る頃には、オレ
とキタムラ以外はもう誰が何処を歩いてるのかもわからん状
態。
で、途中のトイレやら自販機やらがあるトコで、再びオレは
ツヅキに遭遇してしまう。
キタムラがトイレに入ったのを見て、近づいて来るツヅキに
指差す。
「近づくな。メガネ」
「・・。ヒデェな」
それでも近づいて来るツヅキを逆に、無視するため、オレは
その辺へ歩き出した。
「モリヤ、そっち違うだろ」

ウッセーな。
オマエから今離れるために歩いてんだよ。
付いて来んな、アホッ

「・・・モリヤ。」
急に固くなったツヅキの声に振り返るとツヅキが上の方を見
上げながらしゃがむ。
オレもそっちを向いて見て、唖然とした。
一段高いその場所にモゾモゾと動く影。



ヤッてるだろ、コレ・・。



「体育のイケドだ」
ツヅキの言った名前。
さっきのヤエダを思い出す。

まさか・・ネ。

オレとツヅキはぴったりくっついて座って、聞き耳立てた。
よく聞いてると、小さい声で、相手が「ヤメテ下さい」って連呼し
てる。

ヤエダかも知れない・・。
そう思うと、なんかムカついてきた。
そういうプレーの一環かも知れねーけど・・。
なんか、ウマクいっててヤッテるコトに感じられない。

「なぁ」
「ん?」
「オマエって強えーの?」
「二段デスガ、ナニカ?」
ツヅキは得意そうに、スッとメガネを押し上げる。

ウッワ・・・マジ詐欺だな。
それって、結構つえぇーってコトだろ?
マジ人間見た目じゃねーな。

「あのオッサン落とせるか?」
「それは、山から落とせって意味か?それとも」
「気絶って意味に決まってんだろっどうやって山から落とすんだよ、
出来んならそっちのが見てーよ」
ツヅキがオレの顔を覗き込んでくる。
「な、なんだよ」
「触ってもいいか?」
「ハ?」
「これからもオレから逃げたりしないで、たまに触っても怒らない」
「何言っちゃってんの?」
オレの眉間がカナリ寄る。
「あのクマをノしてくる条件だよ」

このヤロ・・・ッ
やっぱり、もう何とも思ってないなんて嘘じゃねーかよ!

「ワタヌキがヤレって言うならオレはやる」
ツヅキが眉を上げる。
「アイツのためならたぶんオレは自分なんてどうでも良くなる」
クマがオレ達の視界から消えた。
たぶん、相手に覆いかぶさったんだろう。
「惚れてるから。アイツに」
言ってオレは立ち上がった。急がないとヤエダがヤバイ。
その肩をツヅキが止めた。
「っなせよ!」
「悪かったなっ惚れてて。まだ惚れてるよ。ベタ惚れだよ。嘘吐い
てた。オマエがちっともオレを見ねーから」
ツヅキが深く息を吐いて呟く。
「カッコわり」
一歩で駆け上がり、ツヅキが視界から消える。
直後。

ドスン!

重く沈むような音。
「ツヅキ!!」
オレも急斜面を手を付いて駆け上がった。
3m程上の平地に立っていたのは有段者の背中。
「・・ツヅキ・・」
その下で半べそをかいてたのは、やっぱヤエダだった。
クマ(体育教師)はものの見事にダウンしている。
振り向く間もなかったんだろう。ヤエダに突っ伏すように倒れて
いた。
「ちょっと強くイれすぎたカモナ」
ツヅキがメガネをジャージの袖で拭きながら振り向いた。
「カッキーぞ・・ツヅキ・・」
マジ、見直したぞ、オマエ!
その肩に手を掛けて言うと、ツヅキがオレから目を逸らして顔を
紅くして、ボソボソと呟く。
「オマエのお願いダカラ、ヤッタんだ」
「ありがとう!ツヅキ!」
さっきまで半べそかいてたヤエダがクマを蹴飛ばして、ツヅキに
抱きついた。
「わっ何だ、テメー!放せっ」
ツヅキは触ったらバイキンでも移ると思ったのか抱きつかれては
いるのに、手で掴んで引っぺがそうとはしなかった。
バンザイするツヅキ。

触れない動物に慣れられて困るヒトのようだ。

「ありがとう!ありがとう!オレ、嬉しい!」
その間もしきりに礼を言うヤエダの猛攻撃は続いていた。
「放せよっキモチわりっ」
「ありがとう!ツヅキ!」

これって・・・なんか、イー感じっぽくねぇ?
そんなオレの視線に気づいたのか、ツヅキが青ざめた。
「モリヤ!オレを置いて行くな!」
「あ、オレ、キタムラ待ってないと。シアワセにな!ツヅキ!」
猛ダッシュで走り出すオレ!
「モリヤーーーーー!!!」





その雄たけびがヤマビコする。
もリヤーーリヤーイヤーーって(笑)

自分の名前でヤマビコ聞けるなんて一生ねぇよ。

オリエンテーリングのいい思い出だ。



ツヅキ、ありがとうナ!!






















果たして、彼らがシアワセになったのかは、知らん。



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