「家に帰るな?あ?どうゆうコトだよ、それは」

「そう、顔を顰めるな、志路(シロウ)」
路流(ミチル)が軽く息を吐いて、続ける。
「帰るな。とは言ってない。ただ、星路(セイジ)
も、イロイロ忙しんだ、放って置いてやれ」
シロウの目に濃い闇が広がる。
それに反して目は細く顰められ、黒目が更に黒く光る。
質のいい、体に合ったスーツをキッチリ着込み、まる
で普通に見えない要注意なオーラが滲み出ていた。

「どうせ、オンナを囲ってる部屋があるだろう。どう
せ、月に何度も帰らないんだ、疲れてるセージを少し
思いやってやれよ。もう、一人が寂しい歳でも無い。
そう言われた。・・・・シロウ」
わかるな?

最後のセリフを舌で転がし、路流は飲み込んだ。
目だけは真っ直ぐに据えて。
その目で悟ったのか、シロウが、わかった、とだけ
言った。






苦々しい思いで、席を立つ路流より先に立ち、扉を開
けた。
「悪いな」
苦笑する路流に、軽くコウベを垂れ、その後姿を見送る。

路流は若頭候補の一人だ。
そして、たぶんその地位は固い。
まだ24歳だが、自分と2つしか変わらないとは思えな
い程、路流の功績は大きい。
この3年程で、路流が育てた金融会社の支店は二桁。
大きな駅前じゃ必ず、一つ、二つ見る看板だ。
だが、その裏。
消費者金融という気軽さに被せ、その実は法人団体をタ
ーゲットに絞ったスポンサー業・・・いわゆる詐欺まがい
の金貸しをやっている。
日本には腐る程の新興宗教団体が存在する。
それに頼る者もシカリ。
中に這入るのは簡単。
だが、抜けるのが難しいのがその実態だ。
身包み剥がされた人間が、どうやって再出発出来るだろ
うか?事に気づく者の方が不幸だろう。そのまま死ぬま
で信じられれば、平和に終わる。
その実態が何か知らなければ。
ノドを肥やした、キョウソ。
言いなりになるモノとならせるモノ。

路流が、その裏に立つのはそう難しい事ではなかった。

路流は笑顔で近づき、その背中へ立つ。
手札を見せて、その間からナイフをチラつかせるだけ。
それで、お布施の90%が入ってくるシステム。
もちろん飼うからには首輪をつける。
黒く無機質で薄っぺらい、小さなチップ。
アメリカで使われているペット用のIDチップだ。
裸に剥かれたキョウソの股間。
麻酔を使わずにそのチップを埋め込む。

正気の沙汰じゃあ、ない。

その修羅場に必ずミチルは立ち会う。
目の前で薄ら笑いを浮かべて、この顔を忘れるなと、自分を
恐怖の対象と覚えこませる。
目を剥き出す教祖達を見て面白ろおかしく笑うミチル。

それが、ヤツらにとってどれだけ悪魔的か知る由も無いが。

そうした子飼いを幾つも増やすと、思いがけない拾いモノ
もある。
元アイドルだった少女や、官僚の妾腹、アル中の議員。
人間の悩みは尽きない。
そこがどんな神かも知らず。
その後ろに立つヒトがどんな悪かも知らず。












「まったく」
思わず呟くと、車を運転するキリサカが、少しだけ視線を寄越す。
「何です?」
「何でもねえよ」
濃紺のブランド物のスーツ。
キリサカは苦笑いして、ハンドルを切る。
「グレたガキだね」
「聞こえてっぞ、テメー」
「失礼シマシタ」
キリサカは最近入った新入りだ。
歳はオレより3つ上だった。

ニヤけたツラ。
舐めくさった奴。
この世界に似合わないエリート面だ。
ホストのバイトだって言った方が納得するだろう。
着ているスーツもオレよりも派手だ。
シャレてる気なんだろう、イチイチ、オレのネクタイにまでケ
チをつけてきたっけ。




「アンタには、その色は似合いません。」
堂々と言い放って、自分のタイを抜くとそれをオレの首へ巻き
つけた。

オレのマンションへ迎えに来たキリサカを部屋へ上げて、スーツ
に袖を通していたところだった。
簡単な幹部会があるその日。
ミチルの下足番として付いて行くオレの格好にコイツは眉を寄
せた。

黙ってそのバカな行動を見てると、コイツはこう言った。
「アンタの・・・値が下がる。もっと自覚してクダサイよ。」
「へえー」
そのセリフに思わず笑っちまった。
だが、バカバカしくてだ。
オレの顔を見たキリサカが一瞬同じように口を緩めた。
「で、いくらだ?」
キリサカの顔が強張る。
「テメーはオレをいくらだって値踏みした?」
キリサカの顔がサッと青醒めた。
「ス、スミマセンッ・・!!」
土下座せんばかりに、キリサカが頭を下げた。
その髪を掴んで顔を上げさせる。
「オイ。オレは聞いてんだよ・・いくらだ?答えろ」
キリサカの顔から益す々血が引いていく。
それもそうだ。オレが髪を掴んでいる逆の手には”チャカ”。
黒光りするその銃身を持ち上げる。
いつもは、腰の後ろへ差してるチャカを握り、その指をゆっくり
見せ付けるように、握っては、放しを繰り返した。
「言えよ」
「す、すみませんッシロウさん、オレ・・!」
「誰が謝れって言った・・?オレはいくらか聞いてる、答えな」
意を決したキリサカが口にしたのは。
「だ、いや」
「あぁ?」
「ダイヤ、です・・!ダイヤモンド・・・ッ」

その答えがあんまりにもバカバカしくて、オレはキリサカから手を
放した。

だいや。
ダイヤ・・・。
いくらかって聞いたんだぜ・・?
それを、ダイヤって・・・・。
コイツは頭がワリィのか・・・?

オレはサッサとタイを替えるとキリサカのタイを投げ返してやった。
「すみませんッしたッ」

バカバカしい。

「行くぞ」


それから、暫くは静かにしていたキリサカだったが、深夜に二人
切りで寄ったバーで、口が軽くなったキリサカが再びケチをつける。
「アンタは、本当にわかってないんですね・・・。ナンデスカその
カッコは・・・。ヒットマンだってそんなカッコしませんよ。全身
黒尽くめなんて・・・。」
「うるせえなぁ」
一睨みしても酒の力を借りたキリサカは引き下がらない。
「そんな、ナリ、ワザワザしなくたって、アンタがどんなやばそう
な人種かなんて判り切ってるんですよ・・?せっかくの原石が・・
宝の持ち腐れだ・・」
「お前はバカか?オレは影だ、目立ってどうする」
途端にキリサカの顔がキッとなる。
「ミチルさんの、ですか!?」
キリサカの眉間が険しく寄る。
オレはその顔を横目に見て、視線をグラスに移した。
「オレはあの人に、守られて生きてきた。なら、その恩を返すのは
オレの役目だろう。いくらこんなアブネエ世界に入らなくちゃなら
ねえ事情だったとはいえ、あの人にオレはおぶさって来たんだ。
血の繋がった兄貴とはいえ、この恩は量り切れるモンじゃねえだろ。
オレはミチルのために死ぬ。そのために生きてる」
「なら!」
キリサカがテーブルに手をついてオレの方へ顔を寄せた。
「オレはアンタのために死んでやるよ!誰にも、アンタを殺らせや
しねえ・・!!それが、オレの”生”だ」
低く吠えるような囁きだった。
「バカかテメーは・・」
肩が揺れる。笑いを堪えきれず、オレは肩を揺らしていた。
「酔ったかな・・」


オレは酔うと必ずマンションへ戻ってた。
なぜって?
そこには似ても似つかない弟がいるからだ。
ネコ目のクソ生意気で。
ミチルとそっくりの顔した弟。
その日もやっぱり足はマンションへ向いてた。
キリサカを連れて帰ると、中は真っ暗だった。
時計は4時近く。
キリサカをソファに寝かせて、オレはセイジの部屋へ入る。
そこには、無邪気な顔の弟。
薄く開いた口からスースーと単調な寝息が漏れていた。
そのベッドへ潜り込む。
片肘をついて、その寝顔をジッと見てた。



17歳だった。
アンタは。
母さんが寝たきりになって、母さんが頼ってた男がイキナリ
ウチへ来た。
暑い夏の日だった。
イレズミのある男だった。
半そでのシャツから覗く濃紺の腕。
その腕が、ミチルを掴んで。
面倒を見てやるってソイツは言った。
四十を超えたオッサンだった。

浮かんでくるミチルの顔に思わず目を覆った。


『ミチル』
『大丈夫だよ』

『ミチル』
『平気だから』

『ミチル』
『シロウ、セイジにご飯食べさせてやって』






アンタは、アイツに、抱かれてたんだろう?






ヤクザのイロになって。
どんなに、アンタは悔しかっただろうな・・。
オレ達さえ居なければ、アンタならしっかり歩いていける
ヒトだったはずだ。
腐った道なんか選ばないで、立てる人間だ。
悔しくて涙が出る。
アンタはオレが知ってるって知ったらきっと嫌がるだろうな。
だけど、オレはここでアンタを守りたい。

アンタも泣いてるんだろうか?
たった、一人で・・?



『ミチル』
『ちゃんと学校行けよシロウ』


だけど。
オレはガッコなんかよりアンタのソバにいたかった。

















雨が降っていた。

車の中から雨水がフロントを流れる様をぼんやり見ていた。
「シロウさん、補佐(ミチル)が出ます」
キリサカに窓越しに呼ばれる。
「ああ」
呟くように返事をして、オレはドアを開けた。
ドアの外でキリサカが傘を傾ける。
本家で幹部会がある夜は必ずオレはミチルに付いて行った。
幹部会でしかあのオッサンを見る事が出来ないからだ。
この辺りを仕切ってる品川会傘下じゃ有名な話だった。

品川会品川組の組長のイロ。

気構えた通り。
ミチルはそのオッサンに腰に手を廻されて抱き寄せられる
ように二人で傘に入って出てきた。
オレに気づいて、ミチルがオッサンの方へ向き直り、傘から
出ると濡れるのも構わないで深く一礼してコッチへ歩いて来
た。
二歩でオレは傘を差し出しミチルを車へ乗せる。
それからオレは助手席へ乗る。
「出せ、キリサカ」
「ハイ」
バックミラー越し、ミチルは目を閉じた顔を窓の方へ向けて
いた。
見つめていると、パチッと目が開き、ミラー越しに目が合っ
た。
「忘れていた、マンションへ行ってくれ」
「久我のですか?」
オレが答えると、ミチルはヤメロよって笑った。
「セイジに偶には灸を据えてやらないとな」
「・・・アンタは、そんな事言っていつも小遣いやってば
かりじゃねえか」
「小遣いは関係ないだろう。金はいつだって要る。今回は
本当に叱りに行くんだよ」
「・・何やった?」
「個人情報の流用」
「・・そんなインテリじゃねえだろアイツは」
「それがヤッたんだよアイツが。まぁ、罪にはならない程
度だ。ウチに損失は無いしな。まぁたっぷりかわいがって
やらないとな」
クスクスと笑うミチル。そこ意地の悪い笑みにはオレも肩
を竦めるしかなかった。


久しぶりの実家。
ドアの前でミチルがオレを振り返った。
「びっくりするなよ」
笑って、ミチルが鍵を開けた。



「セイジ。覚悟は、出来てるんだろうなぁ?」
堂々と入ってくミチルの後ろで、オレはビックリした。
ビックリして、声も出ない。
口を開けたまま立ち尽くしてしまう。

セイジが・・・セイジが、・・オトコと・・・!!

当のセイジはバツが悪そうな顔でソファにふんぞり返っ
ている。
その隣には、歳も変わらなそうな少年が今服を着ている。
セイジの方はパンツを履いただけの格好だ。
「ケイタ、嫌な時はきちんと嫌だと言わないと、このバカ
のやりたい放題ヤラれるぞ」
ミチルがまるで金利の話でもするように言った。

・・・アンタ、な、なんて事を、ペラペラと・・!!

「・・・オレ、嫌じゃないから・・」
ケイタがきょとんと答える。
それにセイジが被せるように喋り出した。
「あのな、来るなら来るで時間言ってから来てくれよ!
ったく・・・シロウにまで見られた・・。で、何?」
舌打ちしてセイジは立ち上がるとキッチンへ消える。
冷蔵庫の、開いて閉まる音がして、すぐセイジは戻って
くると、清涼飲料水をケイタに渡して、また座った。
それから、また偉そうに。
「ビール飲みたいなら、入ってる」
「ビール・・?いつからそんなモンを仕入れるように
なった?太るぞ。脂肪がつくぞ」
溜息を吐きながらミチルが立ち上がる。
「あ、オレが取ってきます」
自然に出た口調に、セイジが噴出した。

この、クソガキ・・!!

「だから、普通にしてろってば・・。ま、あれ見たら
驚くなって方が悪いか」
笑いながらミチルが後からキッチンへ入って来た。
「知ってたんだな・・・。そうか、だから帰るなって
言ったのか」
「かわいい弟のお願いだからな」
「かわいがりすぎだろ。オレのお願いには肋骨にヒビ
入れたクセによ」
「お願いの大きさが違うだろ。こんなモンならかわい
いお願いだ。お前のは無茶なお願いだった」
ミチルはガチャガチャ戸棚を開けて、奥からワインを
出した。
「お、これには手をつけなかったのか・・飲むか?」
「ああ。飲まなきゃ落ちつけねえよ」
言うとミチルが噴出した。
「今の、お前をキリサカが見たら、きっとバカにする
だろうなっ」
「アイツは生意気すぎなんだよ」
「でも買ってるだろ」
ミチルがグラスを4つ出してテーブルに向った。
「お前達はコレ」
「は!?なにこれお猪口じゃねえの?」
「お子様には十分だろ」
ミチルはオレと自分の前にはワイングラスを。
セイジとケイタの前にはお猪口を。
それにナミナミとワインを注ぐ。

なんてチグハグな・・・。
こういうとこがガキっぽいんだよな・・。

「で、なんなの?」
お猪口のワインには手をつけずセイジが聞く。
「あ、おいしいー」
ケイタはそれに反してグビッとこれもまたワインを
飲む作法を無視してお猪口を空にした。
「飲むなよセンパイ!」
「ケイタは飲める口だな。成人したら楽しみにして
なね?」
「ほっとけよテメーっオレに話なんだろ!」
まるで毛を逆立てた猫だ。
「ああ、・・・ケイタの顔を見たらどうも怒る気も
なくなってきた。まぁいいさ。事情があったんだろ
う。だがな、セイジ。賄賂まがいの事はヤメロ」
「・・悪かったよ・・」
「いったい何の話なんだ?」
身を乗り出すとミチルがオレを見た。
「笑うぞ。セイジはウチの組に電話してきて、オレの
名前で、ある人物について足がついてるか調べさせた。
その人物が、セイジには幸運にもウチのシマで遊んだ
跡が残ってた。それを知って、セイジはその店の割り
引き券を引っ張らせた。・・・30枚もな」
「・・・風俗か?」
ミチルが頷く。
「悪かったってば・・もう、しねえよ」
セイジがソファの上で膝を抱えた。
一応の反省のポーズ。
「で、その人物ってのは誰なんだ?」
「先生だ。学校のな」




閉口。




「呆れたな」
「問題は、その見返りだな。何を要求したんだ?先生
に」
セイジが唇を噛んでオレ達を交互に見た。
「・・たぶんオレのためだろ、それ」
ケイタが言った。その視線をコッチへ向けて。
「あの・・・オレ、親と上手くいってなくて、この間
家に連れて行かれそうになって・・。3年だし受験勉
強しろって・・。でも大学なら、このままでもサッカ
ーの推薦で入れるんです・・だから・・その説得に先
生に協力して貰おうと・・・」
「・・・ナルホド。最近の教師は怠慢だって事だ」
オレは嫌なムカつきを覚えて、ワインを一気に飲み干
した。
「・・・お前、先生になりたかったんだろ、ホントは」
ミチルが腕組したまま考えるようにオレを見た。
「はあ?」
「生徒から、んなモン貰っても平気な教師。ご褒美が
なきゃ率先して動くことも無しか。いいなぁ固定給は。
お前、本当先生やれば良かったんだ。オレは結構期待
してたぞ。オレの担任だってオレが退学する時引き留
めてくれやしなかった。・・・ま、あの『保護者』が
付き添ってたんじゃ声も出なかっただろうがな」
皮肉めいた笑み。
堪らずオレは口走ってしまった。
「冗談じゃない。オレはミチルのためにしか動かない。
どこのクソガキのためになんか働くか」
言って顔を上げると、一瞬三人がオレを見つめてた。
「な、なんだ・・?」
「いや・・?」
ミチルが笑ってオレのグラスにワインを注いだ。












「うちに来るか?」
近くだ、ってミチルが、タクシーを拾った。
「・・ああ、そうだな」
ワインのせいで、少し体が火照ってた。
後部座席に並んで座ると、心無しかミチルが寄りかか
ってくる。
ミチルの頭がオレの肩で車の振動に揺れてた。
「・・知ってるんだろう?」
呟くような声に、それを見つめてるのが一瞬バレたの
かと思った。
それきり。
ミチルは何も言わない。

『知ってるんだろう?』

何を・・?
何をオレが知ってるんだって、言いたいんだ?
オレが・・?
オレに知られて・・・困るような事・・?


胸が締め付けられた。
思い当たって、ますますオレはミチルの頭を見つめた。
ミチルは黙ったまま。
オレも黙ったまま。

車は10分も走って止まった。
煌々と明かりのついた豪奢なマンションの前だった。




「もっと飲むか・・?」
「いや・・」
手持ち無沙汰だった。
広々としたリビング。まるで何処かの会社の応接室の
ようだった。
無機質で、生活感が無くて、寛ぎ辛い。
ミチルは窓際に立って、またワインを開ける。
水のように注ぎ、飲み干す。
二杯目を注ぎながら、振り向いた。
「オレが、ここへ連れてこられた時は最悪だった」
言って二杯目もグビグビと飲み干した。
「母さんの店の担保だとか、借金のカタだとか言って
・・・・6人くらいに輪姦されて」


輪姦・・っ




血の気が引いた。

この世界でならよく聞く話だ。
金が無いなら身体。
あの時、ミチルは今とは全く逆の立場で。
いくら母さんを贔屓にしてくれていた相手とは言え、
相手はヤクザだ。
獲物が変わればやり方も換わる。

「品川の組長は、そこからオレを引き上げてくれた、
恩人だ。知らなかったろ?でも、別に愛されてるワケ
じゃない。足を開く相手が下っ端じゃなくなっただけ
だ。親程も歳が離れてる相手にはなかなかその気には
なれなかったがな」

オレは今度こそ顔を覆った。
「ミチル・・・」
そのオレの前へミチルが歩いてきた。
「ミチルッミチルッミチルッ」
手を伸ばしてその身体を抱き締めた。
「・・・こんな汚れたカラダで良かったらヤるか?」
目を瞠った。
驚いて、カラダを離して、その眼を見た。
「ミチル・・」
何も映さないような目だった。
「お前も、ヤリたいんだろ?シロウ。どうせ動物並み
のカラダだ。好きにしろよ」
「ミチル・・・」
もう一度ミチルを抱き締めた。
「早くヤれよ」
「ウルセエ!!この酔っ払い!!黙ってろ!!・・・・
頼むから・・・もう、何も言うな・・っ」

この罪は償うから。
頼むから黙っててくれ。
頼むから・・・!!
兄貴・・・!!!

悔しくて悔しくて涙が止まらない。ミチルの肩を抱く両
腕に血管が青々と浮いた。
「顔・・・覚えてるか・・?」
「だったら・・・どうする?殺す気か?」
ククッてミチルがオレの肩に顔を埋めて笑った。
「だったらお前はウチの幹部を全員殺さなくちゃなら
ない。『付き合い』で全員とオレは寝てるからな」
「殺してやるよ」
オレの台詞にミチルの笑いがピタッと止まった。
「殺してやる。全員」
ミチルが顔を上げた。
「じょう・・だん、だ・・。」
ミチルがオレから身体を離した。
「うそだ。全部・・。バァカ・・」
ミチルはまたワインをグラスに注いだ。
オレに背を向けて、ソファの肘掛に座って、それを飲む。
飲み干して、細く息を吐いた。
「なぁ・・・抱けよ」
「全員殺したら」
言うと、ミチルが振り返った。
「嘘だって、言ってるだろ・・。欲求不満から出たタワゴ
トだ。来いよ」
手招かれて、オレはミチルの前へ立つ。
タイを引っ張られて、顔が寄る。
咄嗟に、その肩を押さえた。
「キスもさせない気か」
「命令、なら」
「バカバカしい・・。何様だ。舐めろって言えば舐める
のか?」
笑われて、オレは跪いた。
「・・おい・・。」
ベルトに手を掛けると、慌ててミチルの手が制止する。
オレは無言でベルトを引き抜いてミチルの前を広げた。
「シロウッ!!」
髪を掴まれて引っ張られた。
髪の付け根がビリビリと痛んだが、構わずオレは口に
ミチルを含んだ。
「・・・・ッッし、ろうっ」
「動物並みだって言ったのはアンタだろう。これ位で
いきり立つな」
ムクムクと勃ち上がるミチル自身を口の中へすっぽり
と、咥えると、頭上から溜息が零れた。
裏筋へ舌を這わせると、ミチルがビクビクと震えた。
「こんな、事を・・させるつもりじゃ、ないっ」
「兄貴・・。絶対殺してやるからな。一人も残さない。
アンタを辱めたヤツらをオレは許さない」
「・・・・っシロウっ」
ミチルがオレの頭を抱えるように前かがみになった。
追い込み。
根元を握ってた手も動かすと、ミチルは呆気無く果
てた。
濡れた唇を指でなぞって、手の甲で拭った。
ミチルは大きく息を吐いてグッタリとソファへ凭れた。
髪を掻き上げたそこから、オレを見て。
「・・キリサカに、オレが、殺されるな・・」
「キリサカ・・?アンタ、何かしたのか?」
「・・・イヤ・・何でもない」
ミチルは笑って、身体を起こした。
「ワインが効き過ぎた・・。二度と、するな。今日
の事は、忘れろ。悪乗りしすぎた・・シャワーを浴
びる・・・。お前は、・・帰れ」
「・・・ああ。」
リビングのドアの前でミチルを振り返った。
項垂れた顔が上がる。
その顔を見ながら、キッチリ頭を下げた。
それからドアを開ける。

「兄貴、・・・愛してるよ」
ミチルの精気の無い目がオレを見てた。
抜け殻みたいなミチルの目。
それが、アンタの本当の姿なのかも知れない。
もう、何もやる気にもならない。きっともう何もかも
がどうでもいいんだろう。
気力だけで、アンタは生きてる。
絶望の淵をもう見たアンタには何も面白いモノなんて、
無い。

愛してるよ、兄貴。
オレが、殺してやる。
クソジジイ共を、オレが絶対殺してやる。
それまで。
それまで、待っててくれ。
もうこんな世界から助けてやるから。

マンションのエントランスを出た所で、携帯が鳴った。
まだ夜中の3時だった。
「なんだ?」
『キリサカです!』
切羽詰まったような声が耳元に響く。
「どうした、こんな時間に」
『補佐から今連絡貰ったんですよ。アナタを家へ送っ
て行くようにって』
呆れる。
「ガキじゃねえ」
『・・・目を、・・離すなと、言われました。・・・
何かあったんだろ・・?シロウ』

思わず噴出しそうになった。
そんなに、オレが無鉄砲に見えたのか?
今すぐにでも、オレが幹部連中にでも仕掛けそうだっ
て・・?
あの心配性め・・。

「言葉遣いがなってねえぞ、テメエ」
『すぐ着くから、待っててくださいよ!』
そんな事に構ってられるかって怒鳴るような声が耳元
で弾ける。
「・・・ああ。・・わかったよ・・ったくウルセエな」



マンションを見上げてみた。
そこから、アンタはオレを見てるのか・・?


いいぜ・・。


あんたが畜生の道に行くっていうなら、何処までだ
って、付き合ってやる。
どうせ同じ血だ。
汚れるなら一緒の方が都合がいいだろう。

それこそ願ったりだ、ミチル。

いつか、オレがミチルを自由にしてやる。









この腐った街から。
腐った世界から。






タバコを出し、目の前に吐き出す煙にネオンが曇る。
全てがクソに思えた。
煙と一緒に消えてなくなればいい。
誰も彼もが死んじまえばいい。
そう思って、気がつく。
なら、と。
今、引き返して。
部屋へ戻って。
ミチルをヤッて、二人で死ねばいいんじゃねえか・・?
オレが、殺してやれば・・。
自然と手が背中へ伸びていた。
カタイ感触に指を這わす。
と、けたたましいクラクションの音が鳴って、オレは
咄嗟に手を引っ込めて振り返った。
見覚えのあるメルセデス。
そのドアを開けて、また見覚えのある男が降りて来た。
「話、聞かせてクダサイよ。シロウさん。オレは、あ
んたに、命張るって決めてんデスヨ・・!」

目の前に立つキリサカに自分が重なった。

オレは・・ミチルのために死ぬために、生きてる。

オレがミチルを殺して・・どうする・・!?
「バカだな・・・」
「バカ・・?アンタもでしょう」
キリサカがオレの口からタバコを引っ手繰るとソレを咥
えた。
オレはまたボウッと遠いネオンを眺めてから、言った。
「幹部を・・・殺す。」
「全員ですか?」
キリサカは驚きもせずに返した。
「・・ああ、全員だ。みんな地獄に落とす」
「・・・いつか、言うと思ってマシタヨ。あんたなら。
さ、行きましょう」







オレ達は、動き出した。
もう、意味もわからず、この世界にいるんじゃない。
やっと、オレの道が開けた瞬間だった。
意味も無く生きるんじゃない。
ミチルのために、死に、ミチルのために、オレのた
めに、殺す。
それが、オレの役目。










車に乗ると、キリサカがスタートさせる。
「補佐と・・・何があったんですか?」
「黙って運転しろ」
笑うと、キリサカは舌打ちして呟いた。
「かわいくねぇっ・・」
「聞こえてるぞテメエ」















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