「シロウ」
「シロウさん」

まるきり違う声音がオレを呼んだ。

その声に振り返る。

「コーヒー飲むか？」
「コーヒー淹れますか？」

言った本人達が、顔を見合わせた。






どうして、こんな事になったのか。

自分がどうしたいのか、さっぱりわからなくなっちまった。



ああ・・・、男(オレ)って面倒くさい。



オレはソファへぐったりと仰け反る。

なんで、なんでオレは男なんかに生まれてきちまったんだ・・？

どうして、男を抱きたいなんて考える男になっちまったんだ・・。



とにかく。

ボヤイタッテ仕方が無い。

オレは、キリサカを抱いた。

正確には襲われたのはオレの方だが、まぁ突っ込んだのは事実だ。

それから、キリサカは。

オレにご褒美を強請るようになった。

一人殺す度に・・・、オレに身体を求める。


「シロウさん」

キリサカがオレの前へコーヒーを置く。

それを見て、ミチルが口を開いた。

「一回、二回寝たくらいで、女房気取りか」

フンッと鼻を鳴らすようなミチルのセリフ。

一瞬、心臓を抉り取られたような感覚に、オレの方が爪先まで凍った。

「補佐、コーヒー出すのはオレの仕事の一つです。補佐にだって出してるでしょう？」

言いつつも、キリサカの笑顔は崩れない。どこか勝ち誇った顔。

「お前、最近付き合いが悪いが・・・夜、内職でもしてんのか？」

ギラリとミチルの目が光った。

流石に、一瞬、キリサカも笑みを止める。

「シロウ・・・。山倉組のオヤジがやられたそうだ。明日、通夜に行く」

「ハイ」

意味深にミチルはオレをジッと見つめた。

「また・・・、幹部がヤラレタ。・・・これで３人か・・・不思議だな？」

ミチルがゆっくりと話す。揺さぶりを掛けてくる。

「そうですね」

だが、オレは表情も変えずに軽く頷いて答えた。

それきり。

場が静まる。

落ち着かない雰囲気だ。

だが、ここで慌てて、コーヒーに手を出したら元も子も無い。

ジッとミチルを見つめ、ミチルの視線を受ける。



耐えろ。

ミチルより先に動くな。


キリサカもわかっているのか、それとも動けないのか、微動だにしない。

何十分にも感じた。

ミチルが瞬きして、ソファから立ち上がる。

「会社に行く。夜まで、待機していろ。キリサカ、車出せ」

「ハイ」

ミチルがキリサカを連れて、事務所を出て行く。

扉が閉じ、そこでやっと、力を抜いた。

背中をブルッと震えが走る。



待機・・・？外に出るなってか・・？用心深い事で・・・。いや、違うな・・。

キリサカの方が危ない。ミチルは、もしオレが関わってるなら、オレを隠す気
なんだろう。

だが、キリサカなら、切り捨てる。切り捨てられる。

全く持って・・・アマアマだな・・・。ミチル。

キリサカを連れて歩くなんて、アンタが一番しちゃいけない事だ。

今はどんな小さい疑惑も風船みたいに膨らんじまう。

組み同士が腹の探り合いしてるまっ最中だ。

その中でも怪しい奴を、自分が怪しいと思ってる男を連れて歩くなんて、
アンタの頭ん中はどうなってんだろうな・・？

願わくば、他の組の連中に、キリサカをさっさと殺してくれって、事か？

笑えない。

ワザワザ手駒を差し出すなんて、アンタらしくねえな。

それが、オレを守る事だってしてもだ・・・。ヤリスギだぜ・・？



なんでも、お見通しか、ミチル。

だったら・・・なんてオレは滑稽だろうな・・・・？



兄貴を抱きたい。


ミチル、アンタを。

アンタを抱きたい。

なのに、オレはキリサカを突き放せない。

殺しを繰り返すアイツを。

根っからのヤクザなんてのは、もしかしたらオレみたいな男なのかも知れない。

負い目と感じても、クスリとも心に響いてこない。

そうだ。

殺してくれるなら、それでいい。

邪魔なモノを消してくれるなら。

甘いご褒美くらい出してやるさ。

例え、お前が勝手にやってる事だとしてもな。

ソレくらいの気持ちは沸く。

だがな。

キリサカ。

オレはお前を殺すぞ。

お前がオレの邪魔をしたら・・その時は・・・。

きっとオレはお前を殺せる。

ミチルのためだったら、殺す。

殺せるさ・・・。


途端、悪夢のようなキリサカとのセックスを思い出して口の中が苦くなった。









山倉のオヤジの通夜は品川会の本家で行われた。

横付けされてく、黒塗りの外車が、列を成して止まる。

その光景は一種圧巻だ。

黒尽くめの外車から黒尽くめの男達が出てくる。

下足番も右に倣えの黒尽くめで、何度も頭を下げ、客を迎え入れる。

この異様な光景に、角を曲がる人影も慌てて、逃げて行く。

「幹部連中は、意地だな」

「待ち」の連中が囁く。

「どこのオヤジだってそうさ。自分のタマくらい自分で守らな、名が廃る」

それぞれの組長達(幹部連中)は、この事態を慎重に見極めようとしていた。

闇雲に、周りの人間を増やすのは得策では無かったし、見栄がそうさせなかった。

疑心暗鬼。

誰もが、早々に口を閉じ、相手を窺っている。

この中に、裏切り者がいる？

いるはずだ。

そんな目が無数にギラつく中で、オレとキリサカは弔問へ訪れた。

黒尽くめの行列を抜け。

ミチルの顔が闇から抜けると、下足番がバッと顔を下げ、どうぞと、門を開ける。

それについて、オレとキリサカも中へ入る。

玄関へ続く石畳を、ボウッと提灯の列が灯していた。

「よう。色男」

玄関の脇で、マッチを擦る男がミチルに声を掛ける。

両手で火を守るようにタバコに火を点ける。

それから軽くマッチ棒を振り、炎は消された。

替わりに。

赤々と燃えるタバコの熱が闇に光る。

長身で、ピンと張った背筋。黒の短髪は揃えて後ろに流されている。

目隈のついた精悍な顔に切れ長の鋭利な目。

歳は30代後半だろう。

「石田さん。お出掛けですか」

ミチルの声に石田は、いや、と首を振った。

「こりゃいったい何の騒ぎなんだろうな？アキタ」

細く吐き出された紫煙がゆっくりと上へ上がっていく。

石田寛治（イシダカンジ）は品川会品川組の若頭だ。

「皆さんは？」

ミチルは問いには触れず石田を見据えた。

「暗中模索。意気消沈。今日はお前がいいエサだろうよ」

言って、石田はニヤリと口元を上げた。

「イヤな事を、言うなぁ・・・そうそう餌食にされちゃあ堪らないさ」

ミチルが言って、石田の横を通り過ぎようとした、刹那。

その腕が石田に掴まれる。

「なら、行くんじゃねえ。今日は帰れ。むざむざ八つ当たりされに行く事はねえ」

「そうもいかない。これでも『顔』でね。アイサツも無しに帰ったなんて日には、
顔に泥だ。いや、天誅かも知れない」

石田が舌打ちをする。

「待ってろ」

苛立ちながら石田が携帯を開いた。

それを見て、ミチルがオレに振り返って肩を竦める。

「お出迎えをしてくれるらしい」

クスリと笑うミチル。


その微笑にどんな意味も感じ取れない自分が情けなかった。


暫くして、騒然とする場の雰囲気に奥を見遣る、と品川の会長がこちらへと向かって
来るところだった。

「会長」

ミチルが慇懃に頭を下げる。オレも一テンポ遅れて頭を垂れた。

「ミチル」

会長の手がミチルの肩に乗った。そして、そのままくるりと向きを変え、ミチルの肩を
抱いて奥へと戻って行く。

離れて行く足音に、顔を上げると、石田と目が合った。

「なあにを、殺気立ってる？お前らの仕事は終わりだ。今日は出番はねえ。帰りな」

ボゾボソと言い捨てて、石田も奥へと歩いて行ってしまった。

ただ、打ちひしがれたようにオレは立ち竦んでいた。

「行きましょう。シロウさん」

キリサカに肘を引かれて、外へ出る。

ただ、黙って。

男達の間をすり抜けた。

まるで、違う世界の事のように足が浮ついている。

そうだ。

そう思うだけで、オレは自由になれるんだ。

何の因果も無い。オレはただ、アキタシロウって名前で、男で弟で。

ただそれだけで、いい。

一瞬止まった足に、敏感にキリサカが振り返った。

「いけません」

素早く首を振るキリサカに、思わず笑みが漏れた。

「何が？」

「シロウさん」

息を吐く。

空を見た。

闇のような黒い空に一粒、ニ粒の星が浮かんでいた。

「なんて顔ですか・・！」

キリサカが肩を抱くようにオレを門の外へと向かわせる。

この門を潜ったら、オレは・・・。

背中に腕を廻し、硬く冷たい感触を確かめた。

「冗談になりません！オレはアンタを失くすつもりは更々ありませんよ・・！？」

「ミチルが生きてりゃそれでいい」

「馬鹿を言いなさい。あの人は、アンタが生きてるから生きてるんだ。それが
わかりませんか！？」

キリサカの目をそこで初めて見た。

「あの人がここまで生きてこれたのは、アンタがいるからだ。アンタの気持ちを
知ってるからだ・・！」

掴まれた肩にキリサカの指が食い込んだ。

「なら、待っててやるのがアンタの努めじゃありませんか・・？ズタボロになっても
生きてるあの人のために、アンタだけは正気でいてくださいよ・・！！」

噛み殺したような囁き。


しっかりと理解出来る自分に嫌気がさす。

幹部はあと６人だった。あと６人。

６発打ち込めばそれで終わりに出来る。

たった６回引き金を引くだけで、全てを終わりに出来る。

その距離にオレはいる。

その光景が目の前に広がった。

襖を開け、歩きながら頭上へ銃口を向ける。

至近距離から着実に的を合わせ引き金を引く。

焼ける匂いと血飛沫。

一度も味わった事の無い感触なのに、指に、リアルに引き金の感触を思い出させる。

無意識に指が動いた。



「シロウ・・！」

間近でオレを呼び捨てるキリサカの涙声に、思わず噴出した。

「テメエな。オレを呼び捨てるなら、他所へ行けよ」

襟を正して、オレは足を出した。

それに、慌ててキリサカがついて来る。





ミチル。

オレが投げ出しちゃあ、アンタが帰ってくる意味がねえよな。

平気だって笑ってたアンタだ。

しっかり帰って来てくれ。

イイコで待ってるからよ。











その夜。

東京で稀に見る集団食中毒が起きた。

１３人が重体。２４人が頭痛、腹痛、吐き気を訴え救急病院へと搬送された。

原因は河豚だった。

１１時過ぎの電話で、その中にミチルがいることをシロウは知る。











「アキタミチルだ！今どうなってる！？早く調べろ！」

深夜の病院の受付の人だかりを押しのけて、ナースの手を掴んだ。

小さく看護婦は声を上げる。

「シロウさんっ落ち着いて！相手は看護婦ですよ！」

「ウルセエ！！早く言え！！ミチルは生きてんだろうな！？」

「待って、待ってくださ・・！」

看護婦が震える指で、パソコンのキーを打つ。

その時間すらイライラする。

「早くしろ！！」

「アキタシロウ」

聞き覚えのある呼び声に振り返ると、ロビーでタバコを咥えた男がいた。



「石田・・・さん」

「ミチルは生きてるぞ」

煙を吐き出して、また吸う。

「まさか、会長も・・！？」

キリサカのセリフに、石田の頭がコクリと揺れた。

「てめえらなぁ。兄貴より先に、オヤジの心配だろうが・・。違うか？」

キリサカがビシッと背を折る。

「スミマセンッ情報不足で、知りませんでしたっ」

「だろうなぁ。極秘だ。・・・・誰にも言うんじゃねえぞ」

フフッと石田が笑う。

その笑みに寒いものを感じた。

「来いよ。ミチルは上だ」


石田の背中を追いながら考えた。

何も感じられない。と。

焦りや、不安。恐れや戸惑い。怒りさえも感じられない。

ただ歩く男の背中を奇妙に感じながら、ついて行く。

石田でなければ遠慮したい雰囲気だった。




エレベーターに乗り、７階で降りる。

ICUの表示に肝を冷やしながら進むと、いくつか病室が並んでいるのが見えた。

その３つ目の部屋の前で石田が止まった。

顔で、病室を見ろと促す。

確かにドアの横には秋田路流のプレートが入っている。

ゾっと背筋が張る。

それから、ゆっくりとドアノブを廻した。

室内はうっすらとオレンジの灯りがついていた。

「ミチル・・・！」

マッサラな白い布団を掛けられたミチルが仰向けに目を閉じていた。

「ミチル・・！！」

ミチルの髪を撫で、頬を摩る。

温かさに、目の奥がジンとクる。

「ミチル・・！」

ベッドサイドに膝をつき、項垂れるようにミチルに縋りつくと、背後でドアの
閉まる音がした。

病室は二人きりになる。

それから暫く祈るように腕を組んで、ミチルを見つめた。

すると。





「シ・・ロウ、か？」

今目が覚めたような、掠れた声。

「ミチル・・・」

顔を覗く。

ミチルは薄っすらと目を開け、また瞬きし、もそもそと腕を動かして、目を擦る。

「クスリが、効きすぎた・・」

「大丈夫か？イテェとこねえのか？吐き気は？頭痛は？」

思いつく症状を早口に口にして、ミチルが鼻で笑う。

「オレは妊娠でもしたのか・・？」

「フザケルな！！死に損なったんだぞ・・！？」

思わず出た大声にミチルがシーッと指を立てた。

「・・・生きてる。お前より先に死ぬ気は無い」

「ああ・・・誓ってくれ。もう二度とこんな思いはご免だ」

それを聞いたミチルの目がゆったりと笑んだ。

それからミチルがバサッと掛け布団を捲る。

「それは、オレのセリフだ。シロウ」

ミチルは病院の検査服のような合わせ一枚の姿だった。

半身、身体を起し肘をつく。それから、跪いた自分に手を伸ばした。

「抱け。抱いて、誓え」

「・・ミチル・・」

真っ直ぐな瞳に、射竦められ名前が零れた。

「離さないと、誓え。シロウ。オレを抱け」

この誘惑に、喉が焼ける。

この手を払い除ける自信は無かった。

抱き潰してしまえと耳に聞こえる。

全てを排除して・・・それで初めて、オレ達は始められると、そう思っていた。

ミチルを自由にして。

それからだと。

いや、違う。ただ、単にオレは。

ミチルを抱いた男達に嫉妬していただけだ。憎くて、殺してやりたくて、されるが
ままのミチルさえも、憎らしくて。

「シロウ」

ミチルの声にボヤけていた視界が合わさる。

目の前には欲情の色を乗せたミチルの瞳。

抗う術は無し。

オレは無我夢中で、くちづけた。

くちづけながら荒々しく、ミチルの前を肌蹴けさせ、手の指と平で撫で摩った。

「んんんーーー」

呻き声に、目を開けると、朱に染まった目元。

唇を離すと、ゴクリと喉を鳴らせるミチル。

「シロウ・・やめるな。続けろ」

「つづけるさ・・。やめられやしねえよ、もう」

耳朶をやわく噛み、舌で舐める。同時、ベルトを緩め自分のモノを引き出す。

ミチルがウッと身じろぐと膝丈の衣服が捲れ上がった。

そこからはあられもなくそそり立った性器が覗く。

今度はオレが息を飲む番だった。

「マッパかよ・・」

露わになったソレをそっと握る、と、アッとミチルが顔を横に振った。

「仕方、無いだろう・・っ脱げって言われてたんだ」

ミチルは堪らないのか、腕の筋を立たせて枕を掴む。

「見せたのかよ？」

その手をゆっくりと動かした。

「・・・・医者だ」

溜息のような言い訳。

そこへ、自分の性器を合わせた。

「シロウ・・・！」

ミチルの顔が歪む。まるで、憎たらしいという顔をする。

憎いのはコッチも一緒だ。

なんで、アンタと兄弟なんかに生まれたんだ。

なんで、アンタは易々とヤクザなんかになったんだ。

なんで、アンタはオレじゃないヤツに抱かれたんだ！

合わせた性器を押し付け、腰を動かした。

「あ・・シロウ・・！」

「アツイな・・。ミチル・・ドクドクいってる」

「あ・・ふ・・」

唇を奪い、両手を掴み、身体を押し付け、封じる。

完全に動きを封じられたミチルはビクビクと身体を震わせていた。

射精が近い。

止める事を許さない動きで腰を動かした。

そして、アッと一声だけ啼いてミチルが爆ぜた。

「はえーよ・・ミチル」

「ウルサイッ・・お前が相手じゃなきゃ・・こんな風じゃないっ」

ハァハァと息を荒くしながらミチルはオレを喜ばせる。

濡れた腹を指で撫でる。

その感触にもミチルはビクビクと震えた。

そして、予感していたのか、そっと奥のその場所を指で探ると、一瞬閉じかけた
膝を開いた。

「シロウ」

「ミチル」








埋めかけた熱が、ブルッと震える。

ミチルの体内へ入る前に爆発しそうだった。

両手で両膝を開かせ、グッと押し込む。

柔らかな肉の感触が、一気に、締まる。

「アア、アア、・・！！」

ゆっくりとゆっくりと埋め込む。自分の兄に今、オレは・・。

最後の肉を味わって、腰が止まる。

「ミチル・・」

ミチルが涙を浮かべて息をしてた。

視線で、オレを呼ぶ。

見つめあいながら、オレは腰を引いた。

ミチルは眉間を寄せ、それでもオレから視線を外さなかった。

目だけ見つめあいながら、オレは突き上げた。

そこが何処だかも忘れ、オレはミチルの腰を引きつけ、突き上げた。

薄暗い灯りの中で、ミチルが何度も噴き上げる。

「もっもう、やめ・・！」

こんな泣き声を聞いたのは初めてかも知れない。

身を捩り、興奮に顔を染めて、爪先までシビレさせる。

「シロウ・・・！ヤメ・・・！死、ぬ・・・！！」

弛緩。

その瞬間、オレも堪らず中にブチマケる。

失神したミチルが愛しくて、何度も髪を梳いた。


















「病院で・・・」

溜息混じりのキリサカの台詞に、思わず振り返った。

すると、ジットリとした目がオレを睨む。

２日後、ミチルは異常無しで胃薬だけ処方され退院した。

同じ病院に入院した品川の会長は意識はあるものの、後遺症が残る恐れも
ありそうだという話で、暫くの入院が必要との事だった。

「まったく・・・」

キリサカの溜息が聞こえる。

オレは早々に聞こえないフリをして事務所から出て行った。

逃げるが勝ち。








「全く、極道向きじゃないですよ・・」

「仕方無いだろう？好きで入ったんだ」

窓際からシロウの姿を見留めたキリサカが呟く。

「アナタこそが極道ですよ。ミチルさん」

ミチルに顔を向けると、にっこりと、ミチルが笑う。

「河豚のせいだなんて・・笑わせてくれますよね、本当」

「いいだろ？どうせ、毒を持ってるって皆知ってるんだからな。それも、
よりによって、極道の通夜の席で、なんてシャレが聞いてるだろ？世間は
大笑いしてるだろう。まぁマスコミは怖がって報道したがらなかっただろうが」

ノートパソコンのキィを叩きながら、ペンを揺らすミチル。

「コーヒー」

「はい」

キリサカはその部屋の続きの部屋になっている奥へ行き、カウンターキッチンで
しっかりと豆から落としたコーヒーを淹れた。

「お前は、殺しより、コーヒーを淹れてる方が上手いんじゃないか？」

「そうですね・・。補佐は経営なんかより、殺しの方が上手そうですが」

皮肉を笑って、コーヒーを啜る。

「殺しちゃいないさ・・・。殺さなくてもいいって事に気づいただけだ。
要は使い物にならなくすればいいってな」

「石田さんも、グルですか？」

ミチルの動揺を誘う質問をキリサカはした。

「誰がそんな事を？」

知らないな、と笑うミチル。

「ここへ電話を入れたのが、あの人だったからですよ」

暫く、ミチルはコーヒーを楽しんでから、カップを置きキリサカを見上げる。

「世代交代は必要だろ？」


キリサカは肩を竦める。

そんな事は微塵もアンタは思っちゃいないくせに・・・。
弟の手を汚させたくないから、重い腰を上げただけだろ。
なんて、弟に甘い兄貴なんだ。

呆れていると、ミチルが立ち上がる。

「何処へ？」

「新幹部会へ、挨拶だ」

「石田会長の所ですね」

キリサカが車のキィを取り、ドアを開ける。

扉を開けると、

「若頭」

と、組員がガタガタと立ち上がり頭を垂れた。