枯れかけた観葉植物に、飲みかけの水を注ぐ。

木目調のシェルフ。雑然と積み上げられたファイルの隙間から葉を覗かせていた、
ソレは既に寿命を縮め紅葉していた。

さて、観葉植物が紅葉するかどうか、オレは知らないのだが。

最後の一滴までをカラカラの土へとかけてやって、それからコップをそこへ置いた。

この密集地帯へこれ以上物を乗せる事は危険極まりなかった。

が、オレを背中から抱き締めてくる男が、オレの何もかもを許さないから仕方が無い。

オレは、降参の合図を出す。

それは威嚇して唸る大型犬相手に、そっと、オレは敵じゃない、敵じゃないと、
アピールするかのようだ。

「徹夜ですか」

首筋に唇を当てられる。

「ああ、30時間目を閉じてねえ」

彼の手がオレの喉仏をグっと掴む。

「瞬きくらいしてください」

上向きにされて、耳元へ彼の唇が近づいた。

「ヤラせろよ・・・中澤。たまんねえ」

背中からぴったりと接した体のその部分が硬い。

「オレが何故ここにいると思ってるんです?」

唇が触れる程間近で、その目を見る。

疲れきった暗い目が、より一層凶暴さを持って黒く光る。

何者をも服従させる目だ。

その目が一瞬、力を無くした。

そして、オレの体をキリキリと締め付けていた腕が緩む。

新藤は。

目頭を摘むように押さえ、それから向こうへ向くとドサリとベッドへ腰を落とした。

西遠興行から車で20分ほど離れたところに新藤のマンションがあった。

それを知ったのはついさっきだ。

なぜなら。


「社長が呼んでまいす」


新藤が声を出さずに笑う。

それから、手で、わかってる待てと、やって、数秒固まった。

その姿を暫く腕を組んで見守る。

「・・・コーヒーでも淹れましょうか」

「いや、行くさ」

髪を掻きあげ、新藤がベッドを軋ませて、スっと立ち上がった。

「・・・お疲れのところ、申し訳ありません」

礼をすると、新藤が眉間をしかめて睨んでくる。

「慣れすぎなんだよ、その言い方。機械みてえに言いやがって」



慣れ。


そりゃそうだ。つい一ヶ月前まで、オレは普通の会社員だったんだから。





真冬の空の下、黒いロングコートの男の集団は圧巻だ。

その中に、オレと新藤も並ぶ。

次々と黒塗りの車へと乗り込む。

「新藤。寝てないんだろ」

西遠が笑う。眠いか?と。

それに新藤も笑いながら答える。

「中澤にあなたを全部預けられれば、ゆっくり眠れるんですがね」

「アラ。オレは預ける気マンマンよ?」

西遠がオレを見て笑う。

「何言ってるんですか。あなたのどこが”預け”てるんですか。
中澤をポケットへ仕舞おうとしてる人が」

「世界平和万歳」

西遠がブイサインを出す。

呆れたとばかりに新藤が車に乗り込む。

西遠を挟んだ反対にオレも乗り込んだ。

”ポケットに仕舞おうと・・・”

そうか。オレはおもちゃと一緒なんだな。

子供のような西遠。

こうして黙って座っていればその眼光と威圧感でもって、その存在を重々に知らしめる事の出来る男なのに。

その内面は、いつも何をやらかすかわからないと、オレ達を怯えさせる”事”を考えている。

しかり。

オレは新藤が仕事を進める上で、西遠をしっかりと仕事させるためのエサなのだ。

言うなれば。にんじん。しかも、齧りかけだ。

そこで思わず噴出した。

「いやらしい〜〜。何笑ってんの?チガキ」

西遠がつついてくる。

「車の中では、止めてくださいよ。社長」

新藤が咳払いをする。

「何を?」

新藤に笑い返す西遠。

その西遠をジっと見る新藤が、フと手を上げて西遠の顔に掛かっていた前髪を後ろへ撫でた。

それから西遠は普通に前を向いた。

「寝ていいぞ」

西遠が前を向いたまま言う。

もちろん新藤にだ。

「イヤですよ。これから人を脅しに行くってのに、ヨダレでもシャツに垂らしたらシャレになりませんよ」

「バーカ。ハンコ押しに行くだけだろ。チガキにカンチガイされるような言い方やめろ」

「ウチも押しますが、向こうは何倍も押すんです。この人数の前で。
今日ばかりは仕事していただきますからね。社長」

「いいよ〜。座ってるだけでいいんだろ?」

「中澤、社長を退屈させないようにな」

「・・・は?」

新藤が前を向いたまま、不敵な笑みを浮かべる。

横目に見ても、イヤな感じだ。

しかし。


退屈させるな、だって?

西遠を?

いったいオレにどうしろっていうんだ?













14、お伺い。

驚いた。

本気で驚いた事に、西遠が15分椅子に座っていただけ。

それだけで。

西遠の会社の従業員が感動していたのだ。

「社長がジっとしてる・・」

「ああ、信じられん」

「新藤さんが何言っても聞かない人が」

「本当に中澤さんのおかげかもな」

無事に合併契約のサインを交わし終った後、まるでホっとして漏らす奴らに、オレは本気で驚いた。


オレのおかげ・・・?


ただオレが隣に座って、今夜、何が食べたいか聞いただけで?

それも、新藤から聞けと言われて聞いただけの事だ。

あの場で聞くのも、絶対にオカシイと思ったが・・・。

アレが新藤の考えた西遠を退屈させない方法だったんだな。

『中澤。社長に夜は何がいいか聞け』

『ハイ』

『社長。今日の夜は何にしますか?』

『ご飯?』

『ハイ。新藤さんが聞いてくれと』

『なんだ・・・。新藤が言えって言ったのかよ』

『ハイ』

『ハイって言うなよ』

『・・・』

『黙るな』

『社長。何にするか決めて下さい』

『じゃ、チガキ』

『・・・それを』

『ん?』

『あなたは、オレから新藤さんに言わせたいだけでしょう・・・?』

『アタリ』

目を細めて笑う西遠。

その目に見つめられると、なぜか許してしまう。

オレはバカみたいに、その遊びに付き合う。

『新藤さん』

新藤はそれは嬉しそうな顔でオレを見た。

わかってるんだ。西遠がなんて言うかなんてお見通しで、オレが言う答えも。

それを聞くのを口元を引き上げて待っている。

バカげている。

オレはいいオモチャだ。

ヤクザのオモチャになったのだ。


『オレが食いたいそうです』


聞いた瞬間の新藤の顔。

コイツ本気で言いやがった!って一瞬噴出しかける口。


ああ、そうですよ。

オレは西遠には逆らえないんですよ。

どうしたってバカバカしくったって泣けたってオレはこの人の言う事を聞くんですよ。

自分でも半ばヤケ。

そこへ西遠が歩いて来た。

最後の最後に土産を渡されアイサツから解放された西遠が、オレの肩を後ろからサッと抱いて歩き出す。



言うのもなんだが・・・。

なんて自然に肩を抱いてくるんだろう・・この男は・・。

思わず自分が恥ずかしくなる。

「社長・・」

「なに?チガキ」

嬉しそうに笑う西遠。

その目が間近で、一瞬心臓が痛む。

こんな柔らかに西遠が笑い掛けるのは、たぶん新藤かオレにかだけだ。

その確信に、自分で自分を追い詰めた。

イトシイと思ってしまうのは仕方無いんじゃないだろうか・・。

まるで・・・飼った子犬が主人に向かって走ってくるような・・そんな表情なのだ。

ゆえん。皆の前で恥ずかしいから腕をどけてくれなんて口には出来なくなっている。

もし、これが西遠の天然な行動によるものだとしても計算されたものだとしても、やっぱりオレは抵抗出来ないのだ。

「これで、新藤を少し寝させてやれるな」

前を向いて言う西遠の横顔を見る。

少し寂しそうな、想いが募って切なそうな、そんな眼だった。

「そうですね」

静かに同意する。

「じゃあ、先に帰ろう。どうせ、アイツはオレが居たら車の中でだって寝やしないからな」

その台詞に来る時の車中の様子を思い出した。


心配しているのだ。

彼なりに。(なら、社長も仕事手伝ってあげたらいいのに・・・あ、でもこの人暴走するから・・纏まる話もあらぬ方向へ行きかねないのか・・そうすると、やっぱり新藤がその後始末をすることになって・・・・・・・)

なるほど。悪循環だ。


「行きましょう。あ、この後の予定などは・・」

と、西遠の顔を見たが、西遠はにっこり笑うだけで、知らないよvと、答えた。

思わず、そうですか。と、攣られて笑ってしまう。

・・・・・・。

新藤さん。オレにはとてもこの人を右に左になんて連れて歩けません。

いったい・・・・いつになったら、オレがこの人に言う事を聞かせられるのだろうか・・・。

主人になれる日はまだまだ遠い。





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