誰よりも信頼しているのは？
聞くまでもない。
心を許しあってる者同士の顔は酷くオレを不安にさせる。
ほんの１ｍ離れた後ろを振り返ったオレの今の気持ちは、
とても微妙なモノだった。
心細い？
違う。
置いてけぼり？
それも少し違う。
そう。
これは、妬みだ。
二人の関係を妬んでいる。
何気なく交わす言葉がその意味が二人にしかわからない事で、笑ったり。
その関係を、オレは妬いている。
さて？
では、その関係を妬くとして？オレはどちらに成り代わりたいと思っているのか？
そう考えると、思考は止まる。
ドチラ？
この二人のどちらかに？オレが？代わる？
この二人のどちらにオレが成れるというのか？
そこで思わず噴出しそうになって、肩が揺れた。
「ナカザワが、思い出し笑いしてますよ」
「オレの裸でも、思いだしてんだろ」
背後の会話に、オレはじっとりと視線を向けた。
西遠は、にっこりと笑う。まるでイタズラに成功した子供のように。
「思い出してなんかいません」
「勃起してたくせに」
その一言に、思わず体ごと振り返ってから、後悔する。
目を緩く歪めた新藤の顔！
「あなた相手じゃ仕方がないでしょう。だいたいこうも跪かないのは、
ナカザワくらいのもんですからね」
跪く！
この男はそんなに男も女も跪かせて来たんだろうか・・・・？
その疑問が眉間にシワを寄せていて、西遠がその額に指を伸ばしてくる。
「本気にしない」
その瞬間。笑う西遠が、同じ男だとわかっていてもなぜか愛しく感じてしまった。
新藤と西遠の間にある空気。
それとは違ったモノが今、ここにある。
そこには新藤もいて、西遠もいて、オレがいる。
そんな事が当たり前、な空気だった。
そう。オレは今、西遠の隣にいるんだ。
一瞬で魅入りアコガレタ、男の隣に。
ガラスに映った姿がまるで夢のように感じた。
仕立ての良いスーツを着た自分が映る。
西遠の斜め後ろに俯き加減に新藤が、その横にオレが。
オレ達の前。西遠は片手をポケットへ突っ込み真っ直ぐ前を向いて歩いていく。
このガラスの中の自分達は、ガラスの中の世界に生きている自分かも知れない。
本当のオレはこのガラスの向こうの世界で今も事務仕事をしているのかも知れない。
ユメノセカイ。
オレはユメノセカイにいる。
１０、ビジネスディナー
新藤が言っていた事が本当だと実感したのは、そのディナーでの事だ。
２階にあるレストランは、ホテル共々未だオープン前なので貸切だ。
広々と場所を取って、街の夜景が見える位置へと置かれたテーブルには、
既に客人が席に着いている。
新藤が先頭を歩いて行くと、慌てて男達が立ち上がった。
新藤はまるでヤクザの雰囲気を消して、ビジネスマン顔負けの笑顔で
右手を差し出す。
「西遠総合興行の新藤です。今日は我儘を言いましてすみません。せっかく
そちらで用意して頂いていた席を断ってしまって申し訳ない」
その台詞にギョっとする。
そっと西遠に視線を向けると、西遠は外を眺めている。
新藤とお客が、謙遜し合うのも聞こえないフリだ。いや、気にしてないだけか。
自己紹介も名前を言うのみ。さっさと席について、酒出して、と後ろに控えて
いた、ウェイターに言う。
「ナカザワは？」
西遠がオレを見る。
「何飲む？」
言葉に詰まった。
これはビジネスディナーではないんだろうか・・・？
向かい側にはニコニコとする男達・・・。
西遠が我儘を言って、夕食を此処で食べたいと言ったとしたなら。
イヤ、言ったんだろうが。
この態度で、いいのだろうか？
むしろ、オレよりも何を飲むか聞くのはそっち側に座ってる相手じゃないのか？
「・・・皆さんと同じモノで」
咳払いの後、言えたのはそんな台詞だった。
実に優秀な会社員らしいフォローだったろう。
それをぶちこわす新藤の一声。
「じゃあ、泡盛」
そこでオレは本気で噴出しそうになってしまった。
泡盛は沖縄の酒だ。接待（？）の相手は、ここ北海道の人間だというのに！
なぜ、今、泡盛なのか！？
そんな謎と、相手側のいたたまれなさを思っているうちに、数人のウェイターが
テキパキと各人の前に小さな徳利とお猪口を用意する。
しかし、目の前に３つ並ぶ大皿にはどうみても洋風の匂い。
とりあえずの乾杯の後、前菜のスープも運ばれて、ちぐはぐな夕食はスタートした。
「アレ？ナカザワって左利き？」
西遠がジッとオレの手元を見る。
「ええ。どうもそうだったらしいです。でもウチの母親はそれが嫌だったらしく、
右で何でも出来るように躾けられましたよ。でも、やっぱり箸だけは左ですね」
ナルホドと軽く頷きながら西遠はお猪口に口をつける。
コクリと喉が動き、西遠が言う。
「オレは、なんでも新藤に教わったんだよな〜。親いなかったからさ」
「社長」
新藤が笑いながら、西遠のお猪口へと酒をついだ。
その顔に、酒でも飲んでろアンタは・・・と書いてあるのが見える。
しかし、そこまで聞くとどうにも気になった。
初めて聞く、西遠自身の話だ。
聞き返したい思いをグッと堪え、薄く切ったローストを口に入れた。
「オレの親さ」
と、西遠の声に、またそこでオレは噴出しそうになった。
思わず新藤の顔を見てしまったが、新藤は一瞬視線を寄越し、眉を顰めただけで、
向かいの連中に相槌を打っていた。
そして、西遠は続ける。
「すんげえ金持ちだったらしいんだけど、火事で家と一緒に死んじまったんだって。
オレが２歳くらいの時かな」
西遠が手酌で酒を注ごうとする。それを新藤が取り上げ、自分の徳利を傾ける。
西遠のお猪口へとなみなみと酒が注がれた。
「新藤は従兄弟なんだ。オレの親父の兄貴の子。で、オレはそっちの家で育ったって訳。
だから、新藤はオレの保護者同然。まぁその新藤も後妻の子だから一緒に住んだのは、
オレが小３位からだったかな」
「懐かしい話だ」
新藤が呆れ顔で笑う。
「うらやましい」
口から出た台詞に西遠が顔を向ける。
「オレは一人っ子なんで、兄弟が居るやつが羨ましかったんですよ」
「知ってる。実家は神奈川。子供の頃飼ってた犬はシーズーで名前は・・」
西遠が、えーとと考え、オレが驚いていると、新藤が続けた。
「ハナ」
「ハナ！ハナだった」
笑い合う二人を、苦笑いで見つめてしまう。
そうだ。どんなに魅力に溢れた人間だとしても、目の前にいるのは紛れも無く、
野蛮という字を背負った人種なのだ。
オレの身上書なぞ、あっと言う間に出来上がっていたのだろう。昔飼っていたペットの
名前まで書き込まれているなんて、どんな情報網なんだ・・・。
「オレも犬飼いたかった。だけど、新藤の親父は犬が嫌いだからダメだって言ってさ」
「社長、犬は散歩をしなくちゃいけないからダメだと言ってたんですよ。あなたに犬の
散歩などさせたくはなかったんでしょう。大事な王子だったんですからね」
「あ〜・・・そんなに、オレって命狙われてたの？道理でいつもベンツだったわけだ」
クスクスと笑う西遠の遠い過去。
少しだけ浮かんだ、西遠の姿。
ランドセルの少年が真っ黒のベンツに乗り込む。
バタンと閉じられた車の中は覗き込む事も不可能な黒で覆われている。
少しだけ切なさを感じたのは、たぶん酒の力だけではない。
「飼えばいいじゃないですか、犬くらい。今なら飼えるでしょう。散歩くらいオレが
行きますよ」
「ナカザワ」
新藤が額に手をやる。
「お前が世話をする相手は、犬じゃない。役割を忘れるな」
その台詞に洗面所での会話を思い出した。
西遠を、”猫だと思ってかわいがれ”と言ったのだ、この男は。
そんな台詞を思い出して顔を強張らせていると、西遠ののんびりとした声が聞こえてくる。
「そうだな〜。今は、犬よりナカザワって感じだしな〜。いいよ犬は〜」
ニコッと笑う西遠から思わず目を逸らしてしまった。
目の前の小さな光の粒を集めた夜景。
その窓には薄っすらと自分達の姿が反射している。
なんて顔だよ・・・。
自分の顔に文句を言いたくなった。
歳も変わらない男相手に何をそんなに動揺する必要があるのか？
笑って流す場面だ。
それを真に受けて、直視も出来ない。
オレはいくつだ？もう、３０になろうって男が、何をうろたえる事があるんだ？
こんなだから、新藤にああもからかわれるんだ！
自分を叱咤激励の後、リベンジとばかりに西遠に顔を向ける。
オレの視線に気づくと西遠は伏せた睫毛を上げてオレを見た。
静かにその目がオレを見る。
西遠の口が動いた。
「ビール」
ハイっとすぐ後ろから返事が聞こえウェイターが下がった。
この一声で、接待相手（？）は地ビールの話題で盛り上がる。
その間に生ビールのジョッキが各人の前に並べられる。
このビールがどこのビールなのか接待相手がウェイターに質問する。
新藤は軽く頷き、そのジョッキをオレ達の方へと軽く向けた。
オレもそれに習う。西遠も軽く持ち上げた。
目の前では接待相手が、このビールの味について熱く語り続けている。
それを聞きながら、ゴクリと一口目を飲み込んだ瞬間だった。
バシャッ！！
見ると、西遠のジョッキがローストビーフの上に転がっていた。
ウェイターが慌てて西遠のスーツに掛かったビールを拭く。
だが、そんな量ではない。
シミどころか、スーツのボトムは既に４割以上色変え、独特の匂いが充満した。
オレも慌てて、ナプキンで西遠の袖やらシャツやらを拭った。
「ありがとう。手が滑っちゃった」
「これは、早く脱がないと・・」
言ったオレに、新藤が溜息をついた。
「社長。今日は後はお任せを。ナカザワ、頼んだぞ」
それから、接待相手に淡々と謝ると、作業をするウェイターも気にせず新藤は食事を
再開する。
「ビールって酒臭い」
上機嫌で笑う西遠に、そうですね、と返事をして、オレは西遠の腕を取った。
１１、墮天
強烈なビールの匂い。
濡れたスーツのボトムは、西遠の足へぴったりとはりついている。
洗面所まで彼をひっぱって、まずは自分の上着を脱ぎ、それから足を捲り、靴下を脱ぐ。
「社長」
開けたドアの中へ西遠の腕を引いて入る。
西遠はまるで、ビールを浴びた服を着ている不快感を感じさせない様子であたふたと動くオレを見下ろしていた。
心臓がその視線で痛む。
オレは早く脱がせたい一心で、西遠の前へと跪き、西遠のベルトへ手をかけていた。
なぜか気まずさを覚えて、手をひっこめようとした、その時。
その手を西遠の手が掴んだ。
「なんで、やめんの？オレの世話役でしょ」
笑う西遠。
体温の高い手のひら。
もう一度ベルトへと手をかけると、西遠の手は離れ、そしてオレの髪を撫でた。
ベルトを外す。
ガチャリと聞き慣れた金属音。
その音で、オレは半分イカレてた。
緊張？高揚感？興奮？
わけのわからない感情が沸き上がる。
なぜわけがわからないのか、それは、男相手には感じないはずの感情だからだ。
相手は男だぞ・・・？
オレが？
・・・・欲情？
濡れたボトムを脱がす。
目の前を見れず、脱がせたボトムを持ってバスルームから出ようと立った。
「ダメ。洗って」
西遠が腕を伸ばす。
目前には壁に付いた掌。
逃げ道を塞がれたオレは息を飲み、それから西遠の顔を見た。
口元を引き上げた西遠の顔がスっと近づいて、そして、見えなくなる。
眼鏡を指で掬われ、引き上げられる。
その間。
やわらかく熱い感触がオレの口の中を襲っていた。
西遠の指が首の裏、強く押した。
二度目だ。
キスを、男と、キスをしていた。
あの、西遠と。
震えた。
震えた後は、一気に熱くなった。
肉の張った背中へ腕をまわして、その背中を強く抱いた。
オレも西遠も無言で、ただただ唇をあわせる。
あわせ合う隙間で、西遠の吐息が漏れる。
その息継ぎさえ飲み込んでしまいたくなった。
夢中でその唇を塞ぐと、西遠の手が動いた。
ガチャリ。
再び、あの聞き慣れた音がバスルームに響く。
そして、ずるりとオレのズボンが落ちていく。
「西遠・・・」
目を開けて、西遠を呼んだ。
西遠がオレの顔を見る。
「千垣。イカセろって言えよ」
再び、西遠の目が閉じていき、オレの返事を待たず舌が入る。
その手は直に、膨れ上がったオレを握りしめていた。
１２、墮天２
自分の中でポリシーがあった。
無駄に女を抱かない。
愛の無いセックスなんてゴメンだと。
そう想わせた記憶はもうとうに薄い。
しかし、誰かを好きになり、好きになれば抱きたくなる。
好きと言いたくなる。
相手が自分に好意を抱いているとわかっていても、キチンと合意を得てからセックスをしていた。
好きだから、抱く。
「西遠」
「気持ちイイ？」
吐息まじりに耳元に聞こえる西遠の声。
オレはこの男を抱こうとしているのだろうか？
この男を好きなのか？
好き・・・と、言い切れる相手では無かった。
今まで、好きになってきた相手とは違いすぎた。
恋しいわけではない。
狂おしく愛しいわけでもない。
ただ、そこにいる存在が眩しすぎる相手ではある。
だがそれは、万人が西遠に感じる気持ちだろう。
憧れ、畏怖、敬念。
動揺。
彼は、玉座に座ったライオンだ。
のんびりとコチラを見下ろし、尻尾を揺らす。
その揺れだけで、対面するオレ達は彼の意思を読まなければならない。
ゆっくりと彼が目を閉じれば、一瞬の緊張は解けるが、次にいつその目が開くかを考えれば、
安堵など出来るものではない。
しかし。
彼に魅入った者は、既に、彼に食べられる事をよしとしているのだ。
その中の一人に。
今、オレはいる。
そして、今、まさにオレは、王にその身を食われる瞬間なのだ。
「千垣」
西遠の口が動く。
「命令しろよ」
くちゅり。
と音がして、西遠の舌がそこで動いたのがわかる。
そっと瞼を上げ、視線を落とす。
西遠の口が、そこを軽く吸うように動いた。
ハァーっと息を吐いて、この状況はなんだと頭に聞いてみる。
答えが出る前に、また、千垣、と西遠の声がする。
「それは・・・命令ですか？」
やっと出た台詞。
それに西遠が吹き出した。
その刺激にさえ腰が引ける。
「オレの事、好きじゃ、ない？」
西遠らしくない視線を落とした笑みだった。
「好きです」
口が勝手に動いた。
「あなたが好きです。イカせてください」
直後、西遠の口がオレを飲み込む。
体を折りたくなる快感に壁に手をついて堪えた。
衝動は次々に起こる。
西遠の舌がぴったりと吸い付いてオレを嘗め回す。
その感触に腰が動きそうだった。
突き上げてしまいたい。
西遠の頭を押さえて、口の中へ吐き出したくなる。
「・・・西遠！」
「ん」
くぐもった声の後に西遠は口を上下運動させた。
望んでいた快感が近くなる。
腕を伸ばす。
髪に触る。
押さえつけ、突き上げたくなる。
その手を再び壁へついて、堪えた。
だが、煽るように、西遠の口は動きを早めていった。
無駄な抵抗だと、オレの体に教えるように・・・・。
１３、墮天３
「社長は部屋か？」
新藤がこの西遠の部屋へと帰ってきたのは１２時を回った頃だった。
どこかへ出たのか、香水の匂いがしていた。
顔は変わらず、涼しげな表情を浮かべていたが、近づいた体からは濃いアルコールの匂いがした。
「おかえりなさい。社長は、奥でおやすみです。寝ているかはわかりません」
そう言ったオレを見て新藤は眉間を寄せた。
「てっきり、一緒に飲んでると思ったが・・・。どういう事だ？」
上着をバサッと脱ぎ捨て、ネクタイを解く。
胸のボタンを３つ外し、冷蔵庫を開ける。
水のペットボトルを手に振り向いた新藤の開いたシャツの隙間からは、極彩色の柄が覗いていた。
オレや西遠の墨とは比べ物にならない。
これがホンモノのヤクザだと思わせる入れ墨だった。
「抱いたのか？」
その一言に目が覚める。
視線を新藤に合わせ、いいえ、と答えた。
まっすぐに新藤の目がオレを射る。
数秒、にらみ合った後、そうか、と新藤が言い、ついにワイシャツをオレの目の前で脱いだ。
ヤクザ映画でしか見た事の無いような見事な絵だった。
背中の真ん中、大きな龍が、裸の女に噛み付いている。
まるで、女と龍がセックスをしているように感じさせる絵だった。
「エロいだろ？」
笑う新藤に、思わず目を逸らした。
「なに、らしくねえ顔してる？いつもの無表情はどうした？ナカザワ」
真後ろに新藤が立った。
「ナカザワ」
少し振り向くと、顎を取られ、後ろから強引に唇を繋げられた。
すぐに振りほどこうと肘を上げる。
が、新藤の体はびくともしない。
その抵抗を見せたせいか、髪を引っ張られ、逃げ出す事は不可能になっていた。
キツくキツく唇も舌も吸われて、嘗め回されて、新藤の唇が一旦離れる。
「今日は誰も抱いてねえんだよ。お前がどうするのか気になって帰って来たんだ。
で？何やった？社長をはったおしたか？え？」
「離してくださいよ」
「言え」
新藤の手がオレの髪を引き上げる。
痛みに思わず新藤の方へ寄ってしまう。
「・・・フェラされましたよ。風呂場で」
「で？」
「社長は・・・慣れてなかったんでしょう・・・。イケなかったんです。オレがイク前に社長がイってしまって・・・」
「フッ・・・！！」
新藤が吹き出し、オレを抱きしめて笑う。
オレの肩で笑い声を殺して。
「で、社長は、ガックリしてるってか？」
「・・・・さあ？そこまでは・・・」
「がっかりくるだろうさ！お前は脈ありだとあの人は思ってたろうしな。まさかフェラしてイカないなんて、相当がっくりきてるだろうさ」
言って、新藤がまたくっくっと笑い出した。
「さぞ、悔しがってるだろうなぁ・・・」
顔を起こした新藤にげんなりとする。
他人事と思って、まるっきりこの人は楽しんでいる。
それを隠しもしないこの態度。
この男がすればキスさえも拷問になる。
だが、その次のキスは拷問ではなかった。
「おい」
再び、逃がさないと言わんばかりに髪をひっぱられ、唇を合わせてくる。
「んんっ」
肉厚の舌が柔らかく、さっきの乱暴さとは全く違う、熱を持ってオレを襲う。
そのキスは、オレの経験上一番と言える程、うまいキスだった。
「オレが抱いてやろうか？ナカザワ」
不適な笑み。
こんなキスが出来るくせに、なんて冷めた顔をする男だろう。
オレは返事の代わり。
新藤の脛を、利き足で蹴り上げた。
悲鳴を押し殺した新藤は、まさに西遠の世話役と言えただろう。
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